「うー……おあよー……ふぁぁあ……」
「おはよう」
ルークがぼんやりしつつ起き出してくるのは大抵アッシュが起きて大分経った後だ。
アッシュの朝が早いのであって、決して遅いわけではないのだが。
寝ぼけながらもルークはいつものようにカーテンを開けた。
シャッと軽やかな音と共に明るい陽が差込む様は、何回見てもここが音譜帯だと思わせないものがある。
ローレライがルークの要望によって構築したここは、緑が枯れにくいという特徴こそあるものの本当に地上そのままだ。
どうやら気温や天候、季節までもが地上とリンクしているらしい。
ルークのああしたい、こうしたい、という希望によってこれだけ精巧なものを創り出し持続させる音素集合体というものは本当に次元が違う。
なぜ記憶や癒しを司る第七音素集合体が緑や水など創り出せるのかは、その発生過程にあるのだろうとアッシュは考えている。
プラネットストームによって様々な音素が交じり合い、その結果として第七音素は形成された。
第七音素の特性は記憶及び癒しだが、すべての音素の影響を受けていると考えるべきだ。
すべての要素を内包しているからこそ、様々な音素と元素で構成される人間アッシュが完全同位体と成り得たのだろう。
そうでなければレプリカであるルークだけが完全同位体であったはずだ。
まぁ、今は本当に存在の根底から同じになったのだが――。
「アーッシュ? なぁに難しい顔してんの?」
「……近い。カップ倒すぞ」
ぐいっと顔を近づけたルークのすぐ側にカップがあったので、アッシュはすっと救出した。
「むぅ。俺よりコーヒーが大事だっての? 俺に構え〜」
「はぁ? 何言って、ん、だ……?」
少し様子のおかしいルークの顔を覗き込んでアッシュは納得した。
(またか)
ここに昇ってきてすぐに気付いたが、ルークは夢で地上を見ることがある。
過去の辛い記憶を繰り返し見ているのかと懸念したが、どうやらありのままの地上を見ているらしい。
『これも役目の一部だってローレライに言われてる。俺は音素集合体として未熟だから夜に夢っつーことになってるって。
そのうち、まるで自分が体験しているかのような夢は見なくなって、地上の全てを記憶として認識できるようになるんだって。……何年かかるんだか……なぁ』
楽しい場面を見たわけではない時はその影響を受けてたまにこうなるのだ。
ちなみにアッシュにはそのような兆候はないが、代わりに遥か過去の出来事が日々記憶に刻まれていっている。
だが、それは過ぎ去ったことでまるで本を読むようなものだ。ルークのように現実感は伴わない。
これはローレライが記憶させる役目を分散させたのだろうという結論に達した。
アッシュは星の誕生から今までを。
ルークは現在からこれからを。
未来に関しては見えないので、これはローレライが担っているのだろう。
役目を問題なく果たせるようになったとき、2人の記憶は統合され、ローレライが目覚めたときにも分けられる。
ルークの性格上、夢に感情移入してしまう分負担だろうとは思うが、ルーク自身は受け入れているのでそれでいいのだろうと思う。
辛いこともあるけども、続いていく地上のことを知れて嬉しいらしい。
「なぁ、なんか面白い話ねぇ?」
アッシュの過去の記憶はまだ原始の段階だ。話しても面白いものはない。
だから話すのは最近までいた地上の話。
「……ガイが、女に迫られていた話はしたか?」
「えっ聞いてない! ガイの女性恐怖症はどうなったんだっけ?」
「ずいぶん改善されて触れられるようにはなってたな」
「すとーかー……? じゃねぇよな?」
「まさか。相手も貴族だったからな。令嬢として許される範囲でのことだ。ピオニー陛下が自分のことは棚上げして随分世話を焼いていたな……」
「陛下……。陛下こそ跡継ぎとかさぁ……。まぁ、その点は俺たちが言えたことじゃないかな。ガイ、この前ちらっと見た時は結婚はしてないっぽかったけどこれからどうすんのかなー。いい人がいればいいのに……」
ルークが笑うとふわりと空気が緩んでいくような気がする。
音譜帯に昇ったからといって何もかも夢のような日々がある訳じゃない。
予想以上に役目は負担な部分もあるし、まだ未熟な2人には完全に役目をこなせない。
だからこそというべきか人間らしく暮らせている。
何もかも指先ひとつ、思考ひとつでできてしまっては恐らく人間らしさはどんどん失われるのだろう。
「アッシュ?」
名前を呼べる。呼んでもらえる。触れ合える。
今が幸せだと改めて実感した。