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ultimatum 1


「アッシュ、俺、最近すっげぇ気分悪いんだけど。耳障りだっつうの」
「奇遇だな。俺もそろそろ我慢の限界だ」

同時に悪戯めいた笑みと共に頷いた。
お互いの考えが手に取るようにわかったからだった。





「ローレライ崇高派?」
「そー。なにそれって感じでしょー」

心底意味が分からない、と言いたげにアニスの言葉を繰り返すと負けず劣らず呆れたような答えが返ってきた。

「なんかねぇ、預言とかそういうのじゃなくて、ローレライを唯一神として崇めようとしてるんだ。きも……じゃなくて邪魔ったらないよぅ」

しばらくユリアシティで任に着いていたため、久しぶりにダアトへ訪れたティアは始めて耳にする派閥に眉を寄せた。
そんなティアを見やってアニスも長い溜息をおとす。
最近急に勢力を増してきたこの一派にローレライ教団はほとほと迷惑しているのだ。

巡礼の石碑を訪れる人々にローレライがいかに素晴らしい神か説いているようで、それはもはやローレライ教団の教義ではない。
しばらくユリアシティに戻っていたティアの耳には届いていなかったが、着々と信者を集める一派は無視できない程の騒ぎになっていた。
預言という支えを失い、不安定な信者が急速に傾倒し始めてしまったのだ。

「ティア……気をつけて。あいつら、どうもティアを聖女に据えようとしてる」
「聖女……? 馬鹿馬鹿しい……。開いた口が塞がらない気分だわ」

綺麗な顔をぴくりとも動かさずティアは前に零れた髪を後ろへ撫でつけた。
理由は十中八九ユリアの血を引いているから、ユリアの譜歌を歌えるから、だ。

「わざわざ私を……と言い出すからには率いているのは教団中枢に近い人ね?」

ユリアの子孫であることは一般の教団員は知らないはずで、他には各国のトップに近しい人々だけが心得ているだけだ。
一般的な音律士が奏でる譜歌ではなく、威力の高い稀有な譜歌を操ることができる、というのがティアに対する周囲の認識だ。

「そーなの。まぁ大体検討はついてるよ。やたらフローリアンに親切顔でまとわり付いてたことがあってね、トリトハイム様も警戒してたけど、こう出るとは……。ほんと、あの時潰しておけばよかった」
「最初はフローリアンを導師にするつもりだったのね。上手くいかないから諦めたのかしら」
「そうみたい。そこでティアを、っていうのがほんと姑息! 信っじらんない! あの手この手でティアに近付こうとしてるんだ。
ユリアシティでの任務だっていうことが漏れなかったってことは、近い周りは取り込まれてないね。あー良かった。洗うのもしんどいんだよねぇ。トリトハイム様の頭痛は増える一方だよぅ」
「私を据えてどうしようと言うの?」
「……大譜歌を歌わせて、ローレライと契約させようって魂胆らしいよ」
「……。何のためにローレライを解放したと……思っているのかしら」

ティアは呆れたようの首を左右に振り痛み出したこめかみを押さえ、口に出したアニスもまた苦虫を噛み潰したような表情でカップを手にとった。
2人して口の中の気持ち悪さを紅茶で押し流し、怒りによって震える手でソーサーに戻す。
もったいない飲み方だが、今はそれが必要だ。

「ルークが……。ルークとアッシュが、命をかけて解放したローレライを私に呼び戻して契約しろと言うの……。馬鹿げてる。絶対お断りだわ。アニス、捕まったとしても歌わないわ。無理やり歌わせるというならデタラメに歌う。心配しないで」
「うん、そこは心配してないよ。厄介なのはヴィントヘイムのやつが……あ、リーダーのことだけどね、はちゃめちゃなんだけど譜歌っぽいもの歌ってるんだよねー……。ローレライを召喚するために。
込められた意味とかそんなものティアしか知らないし大譜歌になんて到底ならないんだけど、旋律も微妙に似てるらしいし、気持ちだけは込もってるよ。
万が一ローレライが囚われたら困る所じゃないから、トリトハイム様は本格的に粛清を始めるつもりなんだ」

ティアは深く頷いた。





「もーほんとごめんねっ! 教団の、ごたごたにっ巻き込んっでっ!」

トクナガの腕を豪快にぶん回し地面を破壊しながらのアニスの言葉に「気にするな!」というガイの声が返る。
周囲に群がるもはや暴徒化した崇高派を殺さず気絶させることを目的とした戦いは消耗を誘う。
グランドダッシャーで足場を奪っていくジェイドも淡々と返事を返した。

「大元はダアトでしょうが、隠れ家もといアジトはマルクトです。場所提供をした愚か者がいる訳ですから無関係などあり得ませんよ。ちなみにこの建物への遠慮も無用です」

と、その言葉の通り遠慮の欠片もなく術を放っている。
器用に武器を狙って文字通り矢継ぎ早に獲物を操るナタリアも「そうですわ! 情けないことに資金は我が国の貴族から出ているようですし!」と憤慨しつつ弓をつがえては放つ。

「ナイトメア」

広範囲に及ぶ第一譜歌で信者達はバタバタとその場にくずおれて行く。

「行きましょう」
「あぁ、早くこんな馬鹿げたことはやめさせないとな」

足早に奥へと進む。眠りに落ちた信者のその様がまるでひれ伏しているようにも感じられてティアはざらりとした感情を持て余してしまった。



(嫌だわ。本当に)



崇高派はわかっていないのだ。そもそもなぜローレライを解放したのかということすら。





オールドラントは預言に頼らないという選択をした。
預言に縛られることはすなわち滅亡を招く。だからこそ、将来的に預言が詠めないようローレライを解放したのだ。
そもそも大地を持ち上げるという荒唐無稽なことのために音素集合体を地殻に囚えていたこと自体おかしいのだ。
当時はそれしか方法がなかったのだと理解していても、やはりそれは不自然なこと。

次々と行手を阻む信者を退けて呆れる程に神秘的(に見せようとした)な白い扉を押し開ける。
すると、光が降り注ぐ小さな祭壇の向こうで歌っている後姿が見える。

ユリアの譜歌を模したのだろうヴィントヘイムの譜歌は綺麗な旋律を奏でてはいたが、本物をよく知っている面々からすれば不快以外何ももたらさない。

やたらと長く続く緋絨毯を足早に蹴っていると突然振り向いたヴィントヘイムから哄笑が溢れた。

「おお、ついに、ついに!! 我らの願いが届く時がきた……! ローレライよ、我らを導き給え!」

天井を突き抜けてヴィントヘイムの背後に焔のような光が集まって行く、その様子を信じられない思いで見つめるしかなかった。