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ultimatum 4


ローレライ崇高派はリーダーであるヴィントヘイムが拘束されたことを受け急速に減衰した。
ローレライ教団は正式に崇高派は犯罪組織であると声明を出し、その罪状は2つとして流布された。

ひとつ、ローレライ教団の教えを独自に改ざん、布教し、第七音素集合体ローレライを盲信するよう人心を惑わしたこと。
ひとつ、私欲のため大量の第七音素を操ろうと画策し、そのための第七音素をレプリカから搾取せんがため不当に捕縛し尊厳を踏みにじったこと。

ほとんどのものは背信者になるつもりなどなかったためすんなりと離れたが一度興った一派が誰一人いなくなるとは考えにくく、しばらくはローレライ教団にとって頭の痛い案件となるだろう。

「あー、疲れた」

アニスが束の間の休憩時間を得て机に突っ伏し、ティアもまたソファで項垂れた。
ヴィントヘイムは拘束後、ローレライについて話すこともあったが、要領を得ないため周囲は首を捻るばかりだ。

あれだけ滑らかな口であったのに、ローレライに関することを話す時にだけそうなる。
あの場に居合わせた仲間には、あの2人の第七音素に触れた影響なのだろうと分かっているがあえてそれを公に触れ回ることなど論外だ。
アッシュとルークのことは仲間内で示し合わし、口外しないと決めたのだ。
各国トップにも、もちろんファブレ公爵夫妻にも。

ティアはそれを決めた時のことを思い出す。

(皆混乱していて会えたことで泣いたり笑ったりと忙しかったわね)





公表しないと決めた時のナタリアはほんの少し目線を落としたが、すぐに背筋を伸ばし同意した。

『2人はもともと誰にも言わず行ったのです。その意思を尊重しますわ』
『ええ、今回のことがなければ、我々も知ることがなかったでしょうからね』

アルビオールの中の一室で、誰もいないその時だけが仲間たちにとって話し合える場だった。
この機を逃せばもう堂々と話せない事柄なのだと理解していた。
全員が集まることすら稀であり、さらに周囲の耳がないことなどあり得ないのだから。

『大佐はわかってたみたいですけどぉ〜?』

アニスが頬を膨らませながらじっと見つめ、それに対してジェイドは苦笑する。

『わかっていたなら私はあの場にいませんよ。2人がなんとかするでしょうと判断して高いびきです』
『ルークとあんな会話しておいてよく言うよ……』

ガイが呆れたようにそう呟き首を振ると全員頷いた。
確信しないことを口に出すことを良しとしない性格だと重々わかってはいても、不満だ。

『わたくしもガイと同じ気持ちです。大佐ったら相変わらずですのね』

ナタリアはそう言ってふい、と顔を逸らし、ティアもぎゅっと手を握る。
不満だと表に出せないような、隠すような外面だけの関係は築いていない。
旅の間に良い部分も悪い部分もそれぞれさらけ出し合った仲間達だ。
この内面奥深くまで知っている者同士の中では、さしものジェイドも居心地悪そうに眼鏡に手を添える。

『可能性が高いとは思っていました。まずはルークですが、彼はレプリカである上にアッシュ、ひいてはローレライの完全同位体でしたから。
ですが、ルークは元々人間アッシュのレプリカ。音素の他に元素を持ちあわせていました。確信など得られませんでしたよ。アッシュに関してはなおさら』

にこーっとアニスは笑ったが目が笑っていない。
声に出すなら、そんな訳あるか腹黒メガネ、である。

だが、誰もそれ以上はジェイドを追求しなかった。
そんなことをしても意味がないからだ。

『あいつらに笑われないようにしないとな』
『そだねー。あ、でも、ルークとアッシュっていつも地上を見てるとは限らないじゃん? 音譜帯で何してるのかは知らないけど、ずっとは見てないよね。まぁそんなことで手を抜くアニスちゃんじゃないけどね〜。
んーローレライって今何してんだろーね。って、まさか、あの2人ローレライになってたっぽいし、譜歌みたいなのを歌われたらいつも召喚されちゃったり!?』

アニスがはわわっと声をあげて周囲を見回しナタリアが少し不安そうな素振りを見せた。
それに対してティアは首を傾げて発言しようとしたが、ジェイドの方が早い。

『今回だけですよ。恐らくですがね』
『なぜそう思われますの? いえ、召喚はされないほうが良いのは当然ですけど』
『まず譜歌は象徴を理解していなければ正しく効果が出ないわ。ヴィントヘイムのものはとても譜歌として成立していなかった。本来ならばローレライに届きさえしないのよ』

ティアの言葉を聞いてナタリアはより不思議そうに眉根を寄せ、考え込んでいたガイがふと気づいたように顔を上げ静かに口を開いた。

『本来なら、来る必要がないにもかかわらず姿を見せた……。今回のことは警告ってことか?』
『ええ、真意は彼らにしかわかりませんが』
『ローレライの警告? なになにどういうこと!?』

アニスは訳が分からず音を立てて席を立った。




「ねぇ、ティア。もっともっと頑張らなきゃだよね」
「そうね。いつまでも彼らに頼る訳にはいかないもの」

突っ伏していたためアニスの声はくぐもっていたがそれを聞き逃すすティアではない。
窓を開けてしっかりと背筋を伸ばし空を見上げた。

ローレライに頼らず、自分たちの足で立つ。
道標などなくても歩いていく――。

(大丈夫、心配しないで)

声を交わすことも、姿を見ることも叶わない。
それでもいい。

離れていても見ている方向は同じだとわかった今、かつての仲間たちは決意を新たにした。

数十年後、彼らは存在し続けるにもかかわらず2人のことを直接知るものは確実にいなくなる。
それはとても悲しい事実のように思えるが、そうなった時にせめて自分たちの痕跡は残しておきたい。
ルークとアッシュがふと気になって地上を見た時に「これが預言に頼らず自分たちで歩んだ結果だ」と堂々と胸を張っていられるように。

(私はあなたをずっと見ているって言ったわ。でもルーク、これからは逆ね。私はいつ見られても恥じないように生きていくわ)

ふわりと頬を撫でる風と空に在る音譜帯、木々の揺れる音……今この瞬間を、この決意と共に生涯絶対忘れないだろうと確信した。






2017.3.26