目の前で、にこやかに座ってお茶を飲むピオニーに対して2人はどう反応すればいいか戸惑ってしまう。
アッシュはまだ警戒を完全に解けないでいるし、ルークは心底どうすればいいのかわからない。
「先日も見たが、やはり見事な赤髪だな。マルクト人にはそこまで赤い髪を持つ者はいないぞ」
「キムラスカにもいません。赤というより茶色に近い髪色なら大勢いますが」
「だろうな。赤はキムラスカ・ランバルディア王族の色。そう易々と発現しないか……」
ルークのことを言っているのだ、と感じた。
レプリカであると伝えたが信じられていないのだろうか。
そんな思いが顔に出ていたのか、ピオニーはそれに気付いて苦く笑う。
「信じていない訳ではない。ただ、そうでなければよかったのに、と思わずにはいられない。すまんな、ルーク。決してお前を否定している訳ではないんだ」
ピオニーの手が伸ばされ、ルークの頭を撫でる。
それに困惑したルークは少し身を引いてアッシュに擦り寄ったので、ピオニーは笑いつつすぐに手を戻した。
「お前が生まれたことに直接関与していないとはいえ、要因を作ったことは否めないしな……。レプリカ技術を人に転用する技を開発したのはマルクトだ。情報が漏洩した時点でうちに落ち度がある。
……サフィールめ。あいつ次あったらイカスヒップ食らわせてやる……」
「そんなものでは甘いですよ、殿下。煮え湯でもまだ甘い」
「サフィール……、サフィール・ワイヨン・ネイス? ……レプリカ研究に、フォミクリーに関わったとされる……」
「おぉ、よく知ってるな。そうだ、そのサフィールだ。あいつは俺とジェイドにとっては幼馴染みでな。なぁ?」
「やめて下さい。鳥肌が立つ」
「一緒に研究していた仲だろうに」
「無理矢理手伝ってきた挙げ句、凍結した研究を発案者に無断で、他国へ持ち出す。立派な反逆者ですよ」
アッシュは2人の会話を注意深く聞いていたが、ハッとなって席を立った。
「カーティス、大佐……」
「ア、アッシュ? どうしたんだよ」
「……ジェイドと、サフィール……。ジェイド・バルフォア博士……?」
愕然としたように呟くアッシュの視線は目の前のジェイドに注がれている。
ジェイドはすっと眼鏡を上げた。
「おや……その名をご存知とは」
「さすがに博識だな。俺がお前の年の頃はまだ遊び回ってたってのに。これが環境の違いってやつか? いや環境というか国か?」
「……フォミクリーを確固たるものとして確立させた……あの?」
ジェイドは頷くことで肯定を示した。
ルークはアッシュが何をそんなに驚いているのか分からず戸惑いばかりが募る。
「アッシュ……どうしたんだ? カーティス大佐がバルフォア博士……っていうのもよくわかんねぇけど、大変なことなのか……?」
アッシュはルークを見て口を開いたがすぐ口を閉じてしまった。
別に、いまさらなのだ。何も隠すことなどない。
だが、なぜかアッシュの口は重くなかなか一言目が出ない。
「……バルフォア博士がいなければ、お前は生まれていない」
「え……」
「人のレプリカ。その発案者だ」
しばらくは困惑が色濃く浮かんでいたルークだったが噛んで含むように、発案者、と小さく声に出した。
そろりとアッシュを見て、ピオニーを見て、そして赤い目を見る。
ルークはあまり人の表情から何かを読み取るということは上手くない。
だが、屋敷での経験からか元来のものか、雰囲気や直感から読み取ることは比較的得意だった。
「バルフォア博士……カーティス大佐が……いないと、おれはアッシュから生まれなかった……」
「……えぇ。そうです」
ちらりと何かが頭を掠めた。
『時々、変な顔をしている』と言ったのはルーク自身だ。そうは言ったが向けられるのは決して嫌悪ではなかった。
ルークに向かう負の感情ではなく――むしろ、そうでなかっただけになぜそんな様子を見せるのかわからず聞かずにはいられなかったのだ。
(……おれは)
「そ、か……。ありがと。おれは……生まれて、よかったよ」
なぜその言葉が口をついて出たのかはルーク自身にもわからなかったが、本心に違いはない。
ジェイドの顔にいつものような表情は浮かんでいない。ルークには喜怒哀楽が一切消えているように見えたがそれでも構わなかった。
「アッシュに会えたから」
それこそルークはただ本音を言っただけだったのだが、周りの3人にはそれぞれ違う意味に聞こえた。
言われたジェイドは、その発言を意外だと感じつつ、ふっと気持ちが軽くなったような感覚を持った。
またそのことによって自分がいかに『レプリカルーク』に複雑な思い――責任と後悔とを抱えているのかと思い知らされる心持ちがする。
アッシュは、ルークの前向きな考えにほっと胸を撫で下ろした。
残る1人は。
「お前……ほんとにアッシュが好きなんだなぁ」
しみじみと素直な気持ちに感動し何度も頷き、それに対してルークは「うん」とこれまた素直に答えたものだからピオニーは、にやっと笑い「どれくらい?」とか「特にどこが」とか突っ込みだした。
不思議そうにしながらも律儀に答えるルークを面白がりさらに聞こうとしているのをジェイドが遮る。
「殿下。話が脱線しすぎですよ」
「んだよ、いいだろー?」
「……これからのことについてお話になるのでしょう。雑談は後にしてください。明日のこともあるのですから時間は無限ではありませんよ」
ピオニーはがしがしと頭をかいてジェイドに小さく悪態をついたが反応すらしない。それで諦めたらしく、長い息を吐いて背を伸ばし話しだした。
「お前たちを公にはしない。これはジェイドに聞いたな? 理由は先程の……ジェイドがバルフォア博士だから、ということと関係する。マルクトは知ってのとおり、人のレプリカ作成を禁じた。もちろんこれはうちだけじゃなく世界的に取り決めたことだが。
その発案者を抱えているマルクトが行方不明であったルーク・フォン・ファブレを……しかも2人を、キムラスカ・ランバルディアへ返還するとなれば……現状から言えば戦争になる可能性がある」
アッシュは目付きを少し鋭くして口を食い縛った。何をピオニーが懸念しているのかようやく理解できたからだ。
ルークは、なぜ、自分たちが戦争の原因になるのかがわからない。
「な……んで……? どして、わか、わからな……」
ただただ、怖かった。
ルークはアッシュと一緒に居たいだけだ。その一心であの屋敷から……大事にはして貰ったけれど窮屈な鳥籠のようなあそこから、アッシュの手を取って出てきたのだ。
その思いが、自分の望みが、大国同士の戦争へと……繋がる?
そんな、そんな……。
ルークの目から涙が溢れだし、正面からまともに見た大人2人がぎょっとした。それを怪訝に思い隣を見たアッシュもまた狼狽えた。
「っうぅ、アッシュ……お、れ……っく」
「ル、ルーク……?」
「…れ、まちが……? ダメっ……った? う、ぁああん!」
そこからは言葉になっておらずルークは号泣し始めてしまったためアッシュは慌ててルークを抱き締めた。
そのことでまたもや大人2人は目を見開いて固まったのだが、故意に無視をした。
アッシュにしがみついてなお泣き続けるルークに戸惑いつつ、背を、肩を、頭を撫でる。
耳もとで断片的に紡がれるつっかえつっかえの言葉をどうにか繋ぎ合わせ、どうにかルークが泣いている原因が特定できた。
アッシュと居たいというそのルークの思いが、戦争の引き金になるのだとそう考えてこれ程までに取り乱しているのだ。
「落ちつけ……それは、お前だけの願いじゃない。俺もだ。知ってるだろ?」
「でも、で、もっ」
ほぼ恐慌状態に近いルークは、いやいやと首を振って体をガタガタ震わせている。
(落ち着くんだ……大丈夫、だから)
口で説得するのを諦めたアッシュは、更に強くルークを抱き締めほぼ無意識にフォンスロットを開いた。
キン、と高い音がして2人の周りを虹色の光が巡る。
ルークがアッシュの音素に敏感なのは知っていた。
大丈夫だと、落ち着くようにとの思いを込めたアッシュの音素を受け取ったルークは小さく「あ……」と呟き、徐々に大人しくなっていく。
光がすうっと消える頃には、ルークはアッシュの腕の中で眠っていた。
「……取り乱して、申し訳ありません」
「あ、あぁ、いや、それは構わないが。ルークは大丈夫なのか?」
驚きに強張ってはいたが、唐突に寝てしまったルークが気になった。
「大丈夫です。少し……落ち着かせすきたようです。続きは後日でも良いでしょうか」
2人に異論はなく、頷くことで肯定を示したのだった。