「あのな、ガイ」
「ルークとりあえず座ろう」
「あ、そだな。アッシュ。おれ、隣から水持ってくるよ」
ガイはアッシュに促されて衝立の後ろへとまわった。そこには先程の2人が座っていたのだろう、向かい合わせのソファがあった。
ガイは目の前に座る『ルーク』を見た。『ルーク』もじっと見返してくる。
水を取りにいったルークと同じ容姿だが、やはり表情が少し違う。口をぐっと引き締めて酷く大人びた目……。
あ、と思った。
(……俺は知ってる。この表情……)
まさか、そんなことが、と思いながらガイは思い至ったことを口に出した。
「ルーク……誘拐される前の、ルーク?」
アッシュは小さく頷いて「さっき3年振りだと言っただろう」と事も無げに肯定したのでガイはさらに混乱してしまい、
小さく呻き額に手を当てて下を向いた。
混乱に混乱を重ねた思考はまともに働かない。
混沌とした気持ちを持て余しながら目を開けて正面を見るともう1人のルークがいつの間にか『ルーク』の隣に座って心配そうにガイを見ていた。
代わる代わる2人を見て、見れば見るほど訳がわからなくなってきた。
「……何が、どう」
思考は回らず、思ったことがよく吟味されることもなく口から零れ落ちていく。
「ルークが、分裂、した……?」
「ぶ、ぶんれつ……うーん。そうなような違うような」
「いや……何言ってんだって感じだよな……。悪い、俺もそう思うよ……。頭が働かない」
「いや、そうでもない。正しくはないが、間違いでもない」
「分かれたというより生まれた、かな……アッシュ」
「あぁ」
一通り話を聞いたガイはいつの間にか目の前に置かれていた水を一口含んだ。
まったく気付いていなかったが、口の中はカラカラになっていてそれが少し癒されていく。
グラスを机に戻し、揺れる水面を見つめた。
小さな波はすぐに凪いでしまったが、残念ながら己の気持ちはグラスの水にようにそう容易く平坦には戻らない。
レプリカ、という単語はガイにとって珍しいものではない。ただ、それは『もの』としての、であった。
小さな音機関のレプリカをいくつか所有していたがそれらはあくまで物体であって、レプリカとは本来そういうことで間違いない。
その意識がガラリと音を立てて崩れ落ちて行く。
人のレプリカ。
その存在自体が到底信じられることではないが、目の前のルークは正にそれなのだという。
レプリカ……唐突に3年前に告げられていたらどういう反応をしたかはわからない。だが今のガイは誰より知っていた。
「ルークは、それでも、ルークだ……。少なくとも3年前からお前は俺の中でルーク以外何者でも、ない」
「ガイ……」
「最初はショックだったよ。それまでの5年間が消え去っちまってさ。実際は消えたんじゃなくて別人だったんだな……。でも、それから過ごした時間は偽物なんかじゃ、ない。……別人だと気付いてやれなくて、すまなかった……」
最後の言葉はアッシュに向けられて発せられた。
それに対してアッシュは少しだけ詰まったように間を置いて首を振る。
「いいんだ。レプリカだと疑う方がおかしい」
「アッシュ……」
心配そうにするルークとそれに大丈夫だと答える『ルーク』の姿を見て、あぁ、と思った。
2人は、理解しあって生きている。もとから対であったようにすら感じさせた。
「で、なんで今はアッシュって名乗ってるんだ?」
「……ヴァンに信託の騎士団に連れていかれたからな。その時に。まさかルークで入団させる訳にはいかなかったんだろう。俺からレプリカ情報を抜いてルークを造って俺の代わりに屋敷に戻す画策をしたのもあいつだ。……本当にヴァンから聞かされていないんだな」
衝撃なことが続くと、もはや飽和したように間延びした驚きしかこないのだなとガイは呆然としながら頭の隅で思った。
頭がくらくらしてきた。
なんで、とか、あいつ何やってんだ俺に言えよ、というか何をしようと動いてるんだとかぐるぐる感情が渦巻く。
「それで……お前は……なんで受け入れられたんだ……? ルークもなんで」
レプリカという存在を。目の前に現れたオリジナルを?
「……嬉しかったんだ。俺はこれでもう1人じゃないんだって」
「ちゃんとは思い出せない、んだけど。おれはアッシュの――ルークのレプリカだっていう意識があって、えぇと、アッシュと凄く一緒にいたくて。あー……」
言葉で思ったことじゃなくて湧き上がってきたものだったし、上手く表せなかった。意識もはっきりしていなかったのだから。
もどかしいこの思いをどうにか表現しようとしたがガイに十分伝わったから、と止められた。
「いいよ。とりあえずなんでファブレ邸から突然いなくなったのかとか、色々気になることはあるけどそろそろ許容量がオーバーしそうだ。改めてそのあたりは聞かせてくれ」