「最近、アッシュの元の色見てない……」
呟きを受けて本から視線を移すとじっとルークが見つめていた。
目を見て、髪を見て、また目を見てくる。
アッシュもまたじっとルークを見つめた。
赤みがかった茶の髪と黒に近い深い緑の目――。
確かに、随分元には戻っていない。
効力が切れる前に術を上書きし、万が一にも周囲に知られないようにしているからだ。
今住んでいるのは貴族街の中でも閑静な場所にある屋敷で、頻繁に人通りがあるところではないが人の噂とは怖いものだ。
ちらとでも見えたものがどう広がるかわかったものではない。
しかし、改めてそう言われるとアッシュもルークの色が見たくなってきてしまった。
それから2人は「どこなら人に見られないか?」という考えを持って生活をし始めたが、意識して探してみてると人の目に触れない所というと中々なかった。
そうなるとますます場所を探してやる! と躍起になって屋敷の隅々まで見て回ったが窓もなく、鍵のかかる部屋はやはり存在しない。
「一生元のアッシュ見れないんじゃねーの……」
「大げさだな」
そう言うアッシュも多少沈んでいる。投げやりにアッシュは呟いた。
「もう浴室しかないのか……」
「えーお風呂? それって部屋じゃないよ……。ん、部屋……部屋じゃない……? そうだ! そうだよアッシュ!!」
「え?」
がしっとルークに手を掴まれて連れて行かれたのは屋敷の2階の最奥にある場所だった。
「ほら、ここ! 部屋だけど部屋じゃない、ここ!」
「あ、あぁ……。いやでもここって」
「あんま真剣に見たことなかったなぁ。探検探検〜」
一歩踏み入れるとそこは物、物、布、物、服、物で溢れかえっている。
この部屋には以前この屋敷に住んでいた人々が置いて行った物品が収められているのだ。
急拵えで2人のための屋敷とする際にとりあえず押し込んだらしい。
「ほりだしもの? だっけ? あるかなー」
『曰くつき、とかじゃないからな! 処分が間に合わなかったんだ。まぁ余裕ができたらちょっと覗いてみろ。案外掘り出し物が見つかるかもしれんぞ? あぁ、もちろん丸々捨てても構わないからな』
屋敷が下賜された際こっそり様子を見に来たピオニーにそう言われたことをルークは思いだし、物の中に突入していった。
アッシュもそれに続く。以外と入ってみれば窮屈さは感じない。
押し込んだ、と表現されていたが細いものの通路はちゃんと確保されているし、ざっくりとだが分類されているようだ。
服をかき分けるように進むとぽっかりとした空間に飛び出した。
「わぁ!」
元からこの部屋にあったのだろう3人掛けソファと小さなテーブルが置かれており2人は不思議そうに顔を見合わせた。
「なぁアッシュ。なんで周りはこんなにぎゅうぎゅうに物が置いてあるのに、この周りには置かなかったんだろうな?」
ソファをぽんぽん叩いてあまり埃っぽくないことを確認したルークがぽふりと座りながら問うてくる。
アッシュはじっと地面を見た。少ししゃがんで触れてみる。
――やっぱり。
「アッシュ?」
「絨毯だ」
「じゅうたん? ……が、どうかしたのか?」
「譜術が仕込んであるんだ」
「……絨毯に?」
ルークはぽかんとしてアッシュを見上げた。ついで見下ろした。
じっと見てみると、所々飾りのように文様がある。これが術式なのだろうか?
「なんのために?」
「式を見る限りは、第五音素だな。なんのため……だろうな」
第5音素術式といえば音素灯など光として利用されている技術だ。
譜業が発達しているキムラスカではこのようなものを目にしたことはない。
マルクトは譜術が発達しているのだから生活レベルで違いがあっても不思議ではないが、絨毯に譜術とは考えたこともなかった。
「特殊な絨毯の上に物を置けなかったんだな。処分されてないってことは危険ではないんだろう」
「なら、いいんだけど……。なぁ、この部屋なら良さそうじゃない?」
2人でぐるっと見まわす。
扉も窓も、服と物に埋もれてこの空間からは見えない。
ということは逆も然りだ。
頷くとルークはぱっと笑った。それが分かりやすすぎてアッシュも笑ってしまう。
「なぁ、さっそくいい?」
「あぁ」
喜び勇んでルークは唱え始めた。
いまだかつてこんな弾んだリカバー詠唱を聞いたことがあっただろうか……。
内心そう思うアッシュにリカバーの効果が現れみるみる色彩が元通りになっていく。
それを嬉しげに見つつルークは自分にもかけた。
元通りになった2人は同時に手を伸ばし髪に触れる。
それがあまりに鏡のように動いたのでおかしくてくすくす笑ってしまった。
「ルークだ」
「うん。アッシュだ」
キムラスカ・ランバルディア王家に連なるもの特有の色彩は、身を隠す上で枷になる。
だが、アッシュはルークの、ルークはアッシュの本来の色が好きだ。
こつりと額を合わせて目を覗き込み笑う。
「たまには、こうやって元のアッシュが見たいな」
「あぁ。俺もだ」
こうして新しい秘密と楽しみが増えた。