先に生まれた君には、僕の生国マルクトでの名前「シンク」をあげる。
後に生まれた君にはダアトでの名前「イオン」をあげる。
シンク、君は僕の頑丈さを引き継いだ。僕が習っていた以上に体術を極めることができるだろう。強くなって自分もイオンも守れるようになって欲しい。
イオン、君には僕と並ぶくらい強い譜力がある。でもそれを完全に扱うために必要な体力がない。決して無理をしてはいけないよ。
実はダアト式譜術をこっそり2人の刷り込みに入れておいたんだ。
今は使えなくてもそのうち使えるようになるよ。いつか役にたつ時がくるはずさ。
もうちょっと一緒にいたいけど、無理だね。
忘れないでよ、シンク、イオン。
ダアトに居てはいけないということを。
ここに居れば辛い未来しかない。
ん? 預言じゃないよ。でも預言なんて詠むまでもないことだから。
次の満月の夜に2人きりでザレッホ火山に行くんだ。行き方はわかるだろ?
……そう、あの譜陣だ。
そこで待っていれば迎えの人がくるからさ。
この赤い譜石が割れているのがわかるよね? 片割れは迎えの人が持ってるからすぐにわかるよ。
その人について行けば大丈夫。
……ほら、立って。
そろそろ人がくる時間だ。部屋に戻るんだよ。
さようなら。どうか元気で。
できるだけ……、僕のことを覚えててよ。
「アッシュ? それ何?」
窓際でアッシュが何かを手にしていたので近づいて覗き込むと珍しいものを持っていたので驚いた。
「なにそれ、きれいな……石?」
つい、と手を伸ばして陽に透かすとより透明さが際立ち綺麗だ。
撫でるとつるりと滑らかだが、それは途中までだ。
どうやら2つに割られたようで、断面があった。
「これどうしたんだ?」
「送られてきた」
「ふーん……」
ひっくり返したり、撫でたり、こつこつ爪でつついてみたりしていると楽しくなってきた。
じっと眺めるとそれが石にしては透明で、しかも珍しい赤なのだと気付く。
「これ、ガラス?」
「いいや、譜石だ」
「ふせき……。これが……? 初めてさわった……。アッシュの髪の色みたいだなー。こんな譜石もあるのか」
アッシュの髪色を閉じ込めたような色だ。
それが今手の中にあるのがちょっと嬉しくなってアッシュに笑いかけると「お前の色にも似てる」と少し笑んでルークの頭を引き寄せた。
「アッシュ?」
「詠みとってみろ」
「え……預言を? やったことない……」
躊躇ったように首を振るルークと額を合わせて「俺もやるから」と言う。
「第七音素を注ぐと情報が音素にうつる。それを取り込むんだ。回復術よりずっと簡単だろ?」
「う、ん……。アッシュもやるなら」
ルークはこの2年、剣術と一緒に譜術についても学んできていた。第七音素を操るのはどうやらルークに向いているようだったからだ。
ただ、レプリカゆえなのか第七音素と親和性が高すぎるので、今はその調整に四苦八苦している。
そのためあまり進歩はないのだが、初歩的な回復術ならば扱えるようになっている。
一方のアッシュは元々譜術の心得があったのでより多くの修得を目指したが、回復術の修得には向いていないという結論に達した。
剣技に重きを置いて譜術は補助的に使う。それが2人の共通した考えだ。
すぅっと息を吸って集中し、手の中の譜石に注意深く音素を注いでそれを集めて取り込むと、頭に直接言葉がささやかれるようだった。
初めての経験で不思議な感覚だ。
「……詠めたか?」
「うん。これって……もしかしてここに来た時の……?」
「そのようだな」
一体誰がこんなものを送ってきたというのだろうかとルークは不安になった。
譜石があるということはこの預言が詠まれたからに他ならない。
2人がここにいることを知っている誰かがいるというのはルークにとって恐怖だった。
でも、アッシュは驚くくらい落ち着いている。
そしてそれは抑えている訳ではなく自然にそうらしかった。
「ちょっと、いい、か……って……お前たち、どうしたんだ?」
部屋に顔を出したガイが深刻そうな様子の2人に二の足を踏んだ。
「ガイ、俺とルークはダアトへ行ってくる」
「え!? ちょ、お前、それは! そこはだめだろ!」
面食らった様子のガイが慌てて止めてくる。
それはそうだ。アッシュがかつて出奔し、ヴァンの勢力が増してきているローレライ教団の総本山なのだから。
ルークはぽかんとしてアッシュを見た。
「ダ、ダアト……?」
「そうだ。ダアトといっても教団には近づくもんか。その近くに人を迎えに行く。まったく突然にも程がある……あいつらしいが、な」
アッシュは顔を伏せ、譜石と一緒に送られた手紙を握りつぶした。
暑い。
なぜこんなに暑いんだろう。
肌がちりちりする。熱くて痛い。
何かに触れているわけでもないのに、なぜ?
わからない。
しらない。
ふらふらと歩いてどれくらい経つのだろう?
もうどこから歩いてきたのかもわからないし、戻ることもできない。
のどはからからで呼吸するたびに痛い。
「……っ」
もう歩けなかった。
地面に手をつくともう立ち上がれない。
ころ、と手から欠片が転がっていく。
あぁ、あれは「だいじなもの」なのに。
あれがないと、だめなのに。
手を伸ばしてもころころと転がっていってしまうものには届かなかった。
どうすることもできないまま欠片を目で追っていると、岩の影から飛びつくようにして拾った人がいた。
ひと……?
連れ戻しに、きたひと?
いやだ、あそこはもどりたくない。
約束したんだ。あのひとと。広いところへいくって。
逃げなきゃ、隠れなくちゃ。
でも、からだは全然動かなかった。
走り寄ってきた人が慌てたように何か言っているけど、耳がわんわんいっていて聞こえない。
なに、なにをいってるの?
わからない。
こわい。
こわいこわい!
同じようにフードをすっぽりかぶったもう1人が何かを取り出して差し出してきた。
きれいな石。
赤くてきれいなこれは知って、る。
拾ってくれた欠片とあわせると、ぴったり1つになった。
あぁ迎えにきてくれたんだ。
よかった。
待ってた。
閉じていく視界で見たのは、「だいじなもの」と同じようにきれいな色の髪だった。