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鳥籠にさようなら 25


夜、横になっていた少年はひっそりと溜息をついて額にかかった髪を右手で掴んだ。

(眠れない。それもそうか、これだけ寝れば)

寝返りを打つのも飽きて、地面に足を下ろし慎重に立ち上がってみる。
多少のめまいと体力の消耗は感じるが、それだけだ。

光を淡く通すカーテン越しに月が見える。
どこからでも月は見えるものだと『知って』いたが、ダアトの窓から見えたものと同じものがこの場所から見えることを実際に体験してみて、不思議だと感じた。

もう少しじっくり眺めようと動いた時にぼんやりとした目が少年を見ていることに気付く。

「なに、目、覚めたの」
「無事、だったんです、ね」
「いや、大丈夫じゃないのはそっちだろ」

呆れてそう言葉を返したが、それには特に反応がなかった。
相変わらずぼんやりと目が向けられてるだけだが、なんとなく言いたいことはわかってしまう。
ちゃんとダアトから出ることができたとそう言いたいのだろう。本当に、その通りかどうかは確かめることなんてしないけれど。



「たいへんお手数をおかけしました」

会話ができるまで回復した少年に深々とベッドの上で頭を下げられアッシュとルークは面食らった。
そんな大きい動作をしては、まだ目が回るだろうからやめろと言うと不思議そうにしながらも素直に頷き座り直す。
先に回復した少年はベッドサイドの椅子に座り、じっと2人を見ている。

「えーと、2人とも元気になって良かったな! 俺、ルーク!」
「アッシュだ」

がたがたと椅子を動かし、座って名乗る。

「ルークは俺のレプリカだ。だからお前たちは俺たちに何も隠す必要はない」

それを聞いて少年2人は微かに力を抜いたように見えた。

「僕は最後に生み出されたレプリカイオンで、名はイオンを譲り受けています」
「……シンク。こいつより前に創られたけど、何番目かは覚えてない」

ルークは驚き思わず席を立った。

「『何番目』……!? そんなにいっぱいいるのか! 他のレプリカ達は?」

その言葉にシンクとイオンが何とも言えない表情をしたことで、アッシュはなんとなく察しがついてしまった。
だが、言葉にするのは躊躇われる。そう考えを巡らせているうちに2人はゆっくりと話し出した。

「全部で7人。さきほども言いましたが、僕が最後の7番目です。僕とシンク、そしてあと1人ダアトに残っています」
「他の4人はもういない」
「も、もういないって……」
「初期のレプリカイオンは第七音素の結合が弱かった。生まれてすぐ消えたやつもいたらしいし、ボクの目の前で乖離したやつもいる」

感情の伺えない声色で語るシンクをイオンが痛ましげに見るということは、イオンはその場にいなかったということだ。
同じ見た目をした、先に生まれた同じ存在が消え去ってしまう現象を目の当たりにして恐怖を覚えない訳がない。
それを思っただけでルークの体が震えた。アッシュはそんなルークの肩を一度撫でる。

「もう1人ダアトにいると言ったな? なぜ一緒に来なかった?」
「イオン……あ、被験者の方だけど。あいつも3人一緒に行かせようとしてた。でももう1人は検査に連れていかれて接触できなかった。逃がせるタイミングは今しかないからボクら2人だけでもって」
「もう1人はどうにかするから、とは言っていましたが……。イオンはもう、寝込んでいる時間の方が長いのに……」

沈んだ顔をするイオンにアッシュは気になるだろうが今は完全に体調を戻すことだけを考えるように言い渡した。
ルークもそれに頷き、自分たちも何か方法がないか考えるからと言い、意図的に話題を変え明るい声を出す。

「ところで、なんでそんなに話せるんだ?」

そう言われた2人は不思議そうな顔をしてルークを見る。意味がよくわからなかったようだ。
その様子にルークは首を傾げる。

「えーと、おれもレプリカってのはさっきアッシュが言ったよな」
「ええ」
「おれが生まれた時はさ、喋ることとか歩くこととか、そういうの何にもできなかったんだけど、イオンとシンクはそうじゃないだろ?」
「あぁ、それは……刷り込みですね。はじめから話せました」
「レプリカ生成の時に色んな情報を詰め込まれてる。被験者と交代した時に不自然にならないように一般常識とか教団のこととか。意味わかんないよね。同じものを何個もつくってさ」

シンクのどこか虚無的な言動が気になりアッシュとルークは目を一瞬合わせ、アッシュが先に口を開いた。

「話せるのはいいことだ。最初ルークの言いたいことを汲み取るのに苦労したんだぞ」
「おれ、ほとんど赤ん坊だったからな……。生まれて最初の頃の記憶なんてほとんどないから羨ましいよ。それに……刷り込みっていうのがあっても2人は全然同じじゃないよな」
「同じじゃない……?」
「だって、イオンとシンクは性格違いそうだなって思うよ。この短時間でそう思うんだから間違いないよな。刷り込みっていうのは知識は一緒のものを与えても性格までは変えられないってことだろ」

2人は目を見開き、驚きを示した。
そんなことを言われたのは初めてだったのだ。

「そう、でしょうか」
「見た目も知識もまったく同じなんだけど?」

あくまで懐疑的な表情の2人に、ルークは笑ってアッシュと自分を示す。

「うーん、じゃあさ、お前たちから見て、おれ達はまったく同じに見えるのか?」

緑の2人はじっくりと赤の2人を上から下まで見た。

「姿かたちはほとんど同じ。声も」
「あ、でも髪の色が少し違うように見える……」

アッシュは頷いて自分とルークの髪を少量掴み、違いがよくわかるよう合わせて扇状に開いた。
そうして見ると違いが更に際立つ。

「俺とこいつは完全同位体という存在だ。通常の被験者とレプリカは音素振動数が違うものだが、俺たちは一致している。お互いが自分自身みたいなものだな。だが、見てわかる通り髪色が違う。何もかも一緒なはずなのに違いがあるんだ」
「性格も違うよな〜」

そう言ってルークは笑った。
今、ぽかんとしている緑の2人はそっくりとしか言いようがない。
だがすでに今の段階で言葉遣いが違うため話せばすぐに分かる。
レプリカは被験者の姿はほぼ完璧に継承できても心までは同じにならないと体現しているようなものだった。