数日後、ローズにしばらく2人を任せて一度グランコクマに戻ることにした。
またすぐに会いにくるとは言ってもルークは心配で堪らずエンゲーブに留まりたいと言ったがそれをアッシュは却下する。
「ここに居ても今できることはない。それよりも、戻って対策を考える」
「考えるなら、ここでも」
「お前、ガイを心配させてること忘れてるな。戻ったら覚悟しとけよ」
あ、とルークは呟き次いでまずいという顔をした。
今頃ガイは、はらはらしながら帰りを待っているはずだ。余りに遅いと探しに来かねない。
まだ屋敷を飛び出してはいないだろうかと本気で考えた。
ガイは、それはもう心配しているに決まっているのだ。
ルークは二つ返事で帰還に同意した。
「遅かったじゃないか!」
「ぅわっ」
まずはガイに帰ったことを知らせようとガルディオス邸に立ち寄った……ら、玄関への通路を全力で駆けてきたガイに突進された。
その勢いのままガイの腕の中に収まったため、耐えられず体が後ろに傾く。
地面を踏みしめようにも足が浮いてしまいルークは倒れると思ったがいつまでたっても背中に衝撃は訪れない。
どういうことだ、と現状が理解できずにそっと目を開けるとガイの髪が見えた。どういう腕力してんだよ、と思いながらルークはもがく。
苦しくはないし、足はなんとか地面に着けられたが、とても力をいれられる体勢ではない。
「ガイ、ちょっ、立てね……」
「あ、悪い」
ルークの訴えにはたと気付いたガイは体勢を立て直したためルークはようやく普通に立つことができた。
驚いたっつーの、と言いながらガイから離れる。
「おかえり、ルル。アルも無事だな」
そう言ってガイはアッシュの肩を軽く叩く。
「ただいま。もうちょっと普通に出迎えてくれよ……」
「だから言ったんだ。覚悟しとけと」
事前に伝えた日程に帰らなかったことには理由があったとはいえ、ダアト付近に行ったきり何の音沙汰もなければ気が気じゃないだろうとは思う。
実際、ガイは大きく息を吐きながら首を振った。
「まぁ、帰ってきたからいいさ……。でも次からは承知しない。連絡は必ずしろ。わかったな」
若干据わり気味の目でそう言われてしまえば、頷く他の選択肢はなかった。
「おや、アルにルル。おかえり。予定より長かったのぉ」
「あれ、ペールじい様。なんでこっちに?」
ほぼ毎日ガルディオス邸に馳せ参じているペールだが、この時間にいることは珍しいことだ。
「なに、今日は雑談にお邪魔しておったのだよ。ガイラルディア様と一緒に茶菓子を頂いておったところでなぁ」
「ふぅん」
「なら、俺たちも混ぜてくれ。疲れたから少し休みたい」
「あーうん。ほんと疲れた……」
これに対してガイは少し考える素振りを見せたがルークもアッシュも気付かず、ペールと話しながら歩き始めた。
少なくとも今日だけは全力で休んでから対策を考えることにしようと2人は帰り道の間に決めたのだ。
することはたくさんあるが、準備が必要だし、急いては事を仕損じるという。
あくまで視察で外に行き帰ってきたと周りには思わせなくてはならない。帰るなり登城などしては何かありますと触れ回っているようなものだ。
ただでさえ特別に復興した貴族の一員ということで特別視され、なおかつ皇帝陛下直々に名を賜っているのだ。
目立つだけならともかく、貴族の中には妬みを持っているものもおり、刺激することは出来るだけ避けたい。
時期を見てまずはジェイドの耳に入れてからどうにか陛下に相談をできればな、と考えながら通路を歩き、お茶をしていたという奥の部屋に踏み入れた途端アッシュは立ち止まり、ルークは思わずその場にしゃがみ込んだ。
2人にその行動を取らせたのは他でもない、部屋で寛いでいたその人物だ。
「よーう! おかえり! アル・ルキウスにルル・リュシアン!」
どこにでもいそうな貴族に変装したピオニーだった。
「……戻り、ました」
「なんで、いるんですか!? あっまって、その前に休憩していいですか」
ルークは力が抜けてしまったのでどうにも立てず、しゃがみ込んだこんだまま許可を求めるという謎のやり取りになったが、ピオニーは気にせずに、当然と言わんばかりに椅子を勧めた。
「休みは大事だぞ! 俺もまさに休んでいるところだしな」
この言葉に対しての返事は誰もしなかった。
それは公務を放り出してここに来ているはずなので、休みとは言わないし、給仕のため控えている使用人はたまにくるピオニーのことをガイと親しくしている貴族としてしか認識していないのだから、下手に口に出すことなどできない。
「あー、えっと、きみ。悪いが席を外してもらえるかな。あと、この部屋には誰も近付かないように皆に伝えてくれると助かる」
「はい。それでは、皆様のお茶と新しいお菓子をお持ちしましたら、そのようにいたします」
使用人は素早く動き人数分の暖かいお茶と、お代わり用の飲み物をたっぷりと用意し、何種類かのお菓子を並べて下がって行った。
ルークはさっそくお菓子に手を伸ばそうとしたのだがふと途中で手を止めた。
皆が食べる様子を見せないからだ。
「え、なんで皆食べないんだ?」
「一応待っているのですよ、ルーク様」
ペールが笑い含みに答えルークはそこではっとして手を戻しちゃんと座り直し前方を伺う。
「ん、なんだ。俺待ちか? いやいやここはお前だよなぁー、ガイラルディア?」
「なんっで、俺なんですか!?」
「まかせた!」
「えええぇ〜……。とにかく、アッシュにルーク。お帰り。なんだか疲れているみたいだが、俺も待ち疲れたよ。本当に。まずはお茶にしよう。足りなければ言ってくれ。俺が奥から取ってきてやるからな」
そう言ってにこりと笑うガイにルークはそわそわと落ち着きなくもう食べていいかと問い、ガイはもちろん、と笑顔で答えた。
ルークはジャムの乗ったビスケットを、アッシュはチョコレートをそれぞれ食べ、他の3人は飲み物を飲んだ。
ルークはその様子になぜだろうと不思議に感じたが、どうやら3人は十分お菓子を食べた後のようだ。
さくさくと軽い音をさせビスケットを味わいながらルークはこの柔らかい空気の中で身体も気持ちも癒されていくのを感じ、一方アッシュはより疲れを感じているようなそんな錯覚に陥りなんとも言えない気分でルークをちらっと見る。
隣のルークはなんとも幸せそうにビスケットを味わっていたため、それによってふっと肩の力が抜けた。