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鳥籠にさようなら 30


部屋を出たペールは急ぎ応接室へ向かい、談笑する2人の姿を認めてここまでは概ね計画通り運んでいることに胸を撫でおろす。
ペールに気付いたガイが改めてペールを紹介し、3人で腰を落ち着けたところで人払いを命じた。
給仕にあたる使用人がほんの一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが、それはすぐに消える。
導師イオンの使者として来ているのだから他にもなにかあるのかもしれない、と思ったのだろう。

3人になり、しばらくは誰も口を開かなかった。十分な時間を置いて、はぁぁ、と深いため息がガイから零れる。

「こういうのは、どうも……肩が凝るよ。別に苦にはならないけど気を張るからかな?」
「知っている者同士で他人のふりをするのも疲れるものですなぁ」

ヴァンはそれに小さな笑いで返し、口に運んでいたカップをソーサーに戻して座ったままではあるがガイに対して丁寧に礼を取った。

「ようやくガルディオス伯爵となられたガイラルディア様にお目通りが叶いました。ホドが失せてよりすでに14年……このような日がくるとは予想すらしておりませんでした」
「あぁ、お前とはもっと早く会えれば良かったんだが……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデを名乗っているならともかく、ヴァン・グランツ詠師を意味もなく招き入れることはここマルクトでは難しくてね。悪いことをしたと思ってるよ」

本当は会うことはもっと引き伸ばしたかった、という本心は綺麗に隠してにこやかに会話に応じる。
もう会ってしまったのだ。そうであれば会話の中から何かを掴まなくては意味がない。
もちろんペールも同じ心積もりでこの場に臨んでいる。なんでもない風に、懐かしささえその目ににじませ道筋を探った。

「思えばキムラスカはローレライ教団のものであればかなりの要所でも出入りできましたな。そうでなければガイラルディア様と私がファブレという場所でヴァンデスデルカ殿と出会うこともなかった訳ですが……」

ガイは紅茶を一口飲んだ。カップの縁越しにヴァンをそっと伺うが特に読めるものはない。
もう少しこの箇所をつついても問題なさそうだと判断する。

「キムラスカは預言ありきの国だったよな。外から見るとよくわかるよ。ヴァンデスデルカは今もファブレ邸に行っているのか?」
「あれ以降、数回訪れた程度です。最近はまったく訪ねていません」

『あれ』とは、ルークが姿を消したことを指す。
お互いの認識が違うことはわかっているので辻褄が合わないことは口に出さないよう細心の注意を払いながら話を合わすようにガイは首を捻った。

「そうか。俺はあいつ……ルークがまた姿を消して、ファブレ公爵の命令で捜索している最中にどういう訳かマルクトに身元が割れて殆ど強制送還みたいな有様でマルクトに戻ったからな。あれ以降ルークがどうなったか知らないんだ。ペールが暇を貰って出た時はたしかまだ……」

すっとペールに視線を動かすと続きを引き受ける形でペールが頷いた。

「まだお戻りでなかったですな。まぁそれよりも早くガイラルディア様のものに行かなければという気ばかり先行しておりましたので、どうでも良かったわけですが」

ガイが「俺の復讐対象がいなくなったことをどうでもいいとか言うな」と苦笑する。
ここで初めてヴァンの目に力が入ったことを2人は見逃さなかった。
ガイは少しだけ身を乗り出し、周囲に声が漏れないよう気を付けていると見えるように声量を落とした。

「お前は知っているか? あいつが今どうしているのか……。そもそも見つかったのか」

絞った声は擦れ気味になってしまい少し不自然すぎるかと内心危惧したが、ヴァンの様子を見る限りそれは杞憂のようだ。
仇の息子への並々ならぬ熱意だと解釈されたのだろう。
また、ヴァン自身も何等かの意図をもってレプリカルークを創り、戻したのだからいなくなることは想定外だったはず。そのこともあり、ガイの様子にそこまで今注意を払っていないように見えた。

「見つかったようです。しかし、2度の誘拐を警戒したファブレ公爵とインゴベルト王はさらに警戒を強め、新たに作られた奥棟から出ることを禁じ数人の世話係のみを置いて誰とも会わさない、という徹底ぶり。かつて剣を教えていた私ですら門前払いです」

今初めて聞いたと言わんばかりにペールと顔を見合わせ、それは、誰でも気がおかしくなりそうな環境だ、とガイが呟いた。
しかし実の所『ルーク』については無事保護されたという報告はペールが来てから1月後くらいにキムラスカから来ていた。
他ならぬキムラスカからの要請でマルクトの中でも少人数で秘密裏に捜索していたためルークの2度目の誘拐は世間の知るところではない。
ピオニーからルーク保護の報告がキムラスカからあったと直々に知らされた時はガイやペール、そして当事者である2人はぽかんと口を開け、中々理解ができなかったことを思い出した。
その時に考えたことは新たにヴァンがレプリカを創り、戻したのではないか――ということだったのだが。
新しく建物を作り、人を寄せ付けない、だって?

「それは本当にルークなのか、ヴァンデスデルカ」
「戻って以降会えておりませんが……あの警戒ぶりを見る限りはそう判断せざるを得ません」

新たなレプリカではない。そうであればヴァンが手をこまねいているはずがないのだ。なんとしても会い、師匠として出入りしているはず。
しかしこれ以上『ルーク』について情報を得ることはできなさそうだと感じガイは話題を変える。

「ヴァン・グランツ詠師、ね……。お前、信託の騎士団での位はどこまで進めたんだ?」
「先日謡将の位を得ました」
「謡将だってぇ……!? お前、それ指揮官……」

ガイは演技抜きで絶句した。3年余りローレライ教団と信託の騎士団に所属していたアッシュによると、内部は上に行けば行くほど利権問題や出世などおよそ聖職者とはいえない複雑怪奇な有様だという。
そこで他者をはねのけ、20代半ばという若さでその地位を確立するなど。やはりヴァンの考えていることは得体が知れない。
ぞわり、と背筋を這い上る寒気を顔に出すまいと必死に耐えているとペールが大仰に天を向きヴァンの意識を逸らした。独り言のように呟く。

「そうか……。では、もうヴァン坊やとわしの孫が剣を並べる所は見ることは叶わないのじゃなぁ……」

ホドに居た頃、しかも幼い頃にのみ呼ばれた呼称に苦笑しつつ、ヴァンはふと先ほど跪いていた2人を思い出した。

「ペールギュント殿に双子のお孫様がいらっしゃるとは存じあげませんでした」
「あぁ、そうでしょうとも。私も生まれた時に1度顔を見たきりでした。嫁に出した娘の子たちでしたので本来はナイマッハの姓は持たないのですが、マルクト皇帝陛下の取り計らいで楽しい日々を過ごしておりますよ」

あまりに自然に語られたためか、ヴァンはそれに対して何の疑問も抱かなかったようだ。
右の騎士、左の騎士として本来ならばガルディオス家に仕えていた2つの家系は今や同じ立場にはいない。その憂いをペールはヴァンに告げた。

「私は、ヴァン・グランツとして世界を変えていくつもりです」
「世界を? 導師にでもなるつもりか?」

なかなかに壮大なことを言い始めたヴァンを茶化すようにガイはあえて軽く返事をした。しかし暴きたい部分はここにある。さぁ、お前は何を考えているんだ?
2人はあくまで聞く姿勢で続きを促した。

「そして、それはフェンデの血を引く私が行うべきこと……。いや、むしろフェンデにしかできぬ。ガイラルディア様、私はガルディオス伯爵家に剣を捧げたことを忘れてはおりません。そして貴方と私は同じ苦しみを持っているはずだ」

わかるようでわからない言い回しをされ、ガイは眉根を寄せた。
しかしヴァンはそれ以上現段階で告げるつもりはないらしい。あくまで同じ志を持つもの同士であることを強調し、そしてまたここへ来るという。

「いや、お前は頻繁にここへは来られないだろ……?」
「今のままではそうですな」
「はぁ……?」

仕立てた導師の力を利用すれば可能であろうが、不自然さは拭えないはず。
しかしなにやら違う方法が頭にあるようだった。
そしてそれはガイとペールの予想を遥かに超えていた。

「妹を行儀見習いとしてここに置いていただきたい」

なんという策を提示してくるのか。
妹の意思は確認してあるのか!? とか、できれば遠慮したいんだが! という思いがガイの胸中を吹き荒れる。
ペールも束の間窓の外に視線を流したがここは生きてきた年数が違う。色々な事が頭の中を巡ったが一瞬で心は決まり、ガイに微笑みかけた。

「よろしいのではないでしょうか。本来はフェンデの者なのですし。妹御はおいくつですか?」
「14歳です。ホドがあった頃はまだ母の中におりました」
「ほぉ……それでは、ホドでお会いした記憶がないはずですなぁ。孫とも年が近いですし、私は良いと思いますぞ。ガイラルディア様」

ペールが賛成するとは思っていなかったガイは少し目を見開いたが、すぐにその表情を消して、それもそうだな、といっそにこやかに同意を示し、ヴァンの思惑に利用される妹を不憫に思った。
ルークを、アッシュを、そして妹を。
さらにガイやペールも利用したいと企んでいるだろう目の前の男はなぜこうなってしまったのだろうか。

今は何もわからなかった。






2017.5.13