とりあえずすぐに色を決められそうになかったため、2人には一旦リカバーで元通り戻ってもらうことにした。
それぞれ本来の色に戻ったのを見て、それならおれ達も戻ろうとルークが言い出し、アッシュは止めようと思った。
しかし、考えてみればここにいる人物は全て自分たちの元の色を知っている。さらにチーグルの森も麓までわざわざ訪ねてくるような村人もそうそういないのだ。
少しの間なら、いいだろうと考え直して頷くとルークは扉を閉めてくると席を立つと同時にローズがさっと立ち上がった。
「私は戻るよ。軍から食糧を追加で手配するよう言われているからね。どこでしているかは知らないけど演習しているんだって? 突然通達されるのはやめて欲しいもんだよ。帰っちまう前にはうちに寄っておくれねぇ」
ぶつくさ言いながらも明るく出て行ったローズをルークはぽかんと見送ってから扉を施錠した。
窓のカーテンも引いてから振り向いてアッシュを見て首を捻る。
「そんな急がなくても。おれたち今来たとこなのになぁ」
ルークは残念そうに言いながら肩を落としたが、アッシュは気を遣わせたようだなと思った。
今からする話の内容からして、席を外して貰う必要があったが申し出る前に出て行かれてしまった。
まとめ役をこなしているだけはあってそのあたりは如才ない。
そうでなければエンゲーブというマルクトだけでなく全国へ食糧を供給する村を切り回せないか、とつらつら考えているうちにルークがリカバーを唱え出した。
以前アッシュはリカバーを使えなかったが、今は修得している。
ルークに倣い自身に施そうとしたその時、ふと思いついたことがあった。
集めた音素を違う術用に組み直す。
ルークがあれ? という顔を向けているがお互い詠唱中なので会話はしない。
早口で紡いだアッシュの術が先に展開しルークの足元に光る輪が現れ、ルークが驚いたように見下ろす。
その直後ルークのリカバーが発動した。
「リ、リキュペレート……」
リカバーと言おうとして違う術に変化したと気づき、しかし自信がなかったのか尻窄みになった。
アピアース・ゲイル上で発動したことによって、リカバーは効果を増したリキュペレートとしてルークのみならずアッシュにも同時に効果をあらわしていく。
赤みがかった茶の髪から余分な茶色が抜け、黒に見えるほどの濃緑の目が鮮やかさを取り戻していく。
イオンとシンクは同時に色を変えて行く様から目を離せなかった。
みるみる鮮やかな色を纏っていったアッシュとルークはお互いを見て笑う。
「アッシュだ」
「あぁ」
ルークはアッシュに近付いてその髪を手に取りながら、唇を尖らせる。
「いきなりなんだよ? おれリキュペレートに変化させたことなんてないのに」
「なんとなくだ」
先に言ってくれてもいいのに、と軽く髪を引っ張るルークから髪を取り返した。
あ、と残念そうに呟いたルークは、するりと逃げた髪を追いかけてアッシュにそのままぴったり寄り添うように立ちすぐ側にある赤い髪を今度は引っ張らずそっと持ち上げ撫でた。
アッシュは取り返さずそのままにして、1回だけルークの髪に指を通して前を見ると、緑の2人はなんとも表現が難しい表情をしていたので、なんだと尋ねるとイオンがぶんぶんと首を勢いよく横に振った。
妙に顔が赤いようだ。熱でもでてきたのだろうかと言うとシンクがげんなりした様子でそんな訳ないだろと返す。
「あんたたちさぁ……。はぁ、もうなんでもいいや」
「仲が、その、凄くいいんですね」
脱力するシンクと、照れたように笑うイオンの様子を不思議に思いつつ再びソファに腰を下ろし、アッシュは一度しっかり目を瞑り、心を落ち着けた。
気持ちを整えてからでないと言い出し辛いからだ。
「今日来たのは、伝えるべきことができたからだ。昨日ヴァンが導師の勅使としてグランコクマに来た。あのイオンがそんなことをする訳がねぇ。……お前たちの被験者は、もう」
最後まで言わずに言葉を切ったアッシュは緑の2人をそっと伺った。
表面上何も変化はないように思える。それを表すようにシンクが口を開いた。
「わざわざそんなことを言いにきたの?」
「そんなことって……」
シンクの言葉にルークが動揺し、もう一方はどうだろうかと見遣るとイオンもまた困ったような顔をしていた。
取り乱した様子はまるでなく、どうして落ち着いていられるのか、訳が分からず混乱するルークを余所にアッシュは落ち着いている。
「わざわざだろうが何だろうが、これは伝えるべき事柄だ。例えお前たちがすでに受け入れていたことだとしてもな」
「あ、なんだ。わかった上で来たの?」
「え、アッシュ? なに、どういうこと?」
1人話についていくことができず戸惑っているとイオンがそっとルークに声を掛けた。
「ルーク、僕たちはわかっていました。イオンは、被験者イオンは、もう長くないと。本人からそう言われていましたし、刷り込みにも含まれています。ここに来てから、イオンの体調はどうなのだろうかと考える時もありましたが、いざ本当にいなくなったと知っても驚くという感情がどうしてもわからない。多分、悲しんで、驚いてというのが正しい反応なのでしょうね。すみません」
「そこは謝るところじゃねぇ。刷り込みに含まれていたならそれはお前たちにとって当然のことのはずだ。そもそも被験者の死に動揺しているやつが代わりの導師として動けるわけねぇからな」
「あ、そんな。刷り込みってそんなことまで……」
刷り込みによって初めから話すことができることが羨ましいと思った。
だが、感情まで制御されてしまう刷り込みとは何なのか。そしてその影響を受けるレプリカとは何なのだろう。
そう思ってルークは恐ろしくなった。
「とりあえず、これからは違う導師が表だって行動し始めるだろう。今イオンをしてるやつとは会ったことがあるか?」
「僕はありません。シンクは……」
「顔を合わせたことはある。確か、譜力はこのイオン以下ボク以上で、体力はボクには及ばないけど、こいつよりはよっぽどあるって聞いた」
ざっくりした説明にイオンが苦笑した。
「他のレプリカは全員、僕より体が丈夫だったんですよ、シンク。あまり参考になりません」
「それしか知らないから他に言いようがないんだよ」
そう腕を組んで顔を背けるシンクは、これ聞いてどうするのさと問い、アッシュは首を振る。
「俺の知っているイオンであればどう行動するか予想することもできたがこれからはそうはいかない。だから少しでも知りたかっただけだ。体が丈夫なのであれば、本人が動きまわるかもしれないな」
言うべきこと、聞くべきことを終えてぷつりと会話が途切れた。
気まずい訳ではないが、なんとなく落ち着かず、ルークは何か話の糸口はないかと思考を巡らせそこではたと思い出した。
あのイオンの譜石。勝手に響律符にしていいのだろうか。と。
「あの、さ。イオンとシンクに会うために半分に割られた赤い譜石のことなんだけど」
今この場で言っていいものかと頭も片隅で考えながらも、このタイミングを逃すといつになるかわからないため意を決して話し出した。
「あれ、響律符にしようと思うんだ。でも、2人はそんな風に加工しちまうの嫌か?」
「あぁ、あれ」
「いいのではないでしょうか? むしろ詠まれては困る内容ですし」
「でも……あの譜石は」
形見みたいなものだろ、とは言えなかった。
だが、言いたいことは伝わったらしい。
イオンは緩く首を振って、あれは元々アッシュとルークを詠んだものであり、本来なら完全な状態で2人の手に渡るべきものであったのに逃げ出すために割ってしまった。だから遠慮はいらないと柔らかく笑う。
戸惑っているうちにシンクが席を立って、棚から持ってきた譜石の片割れを無造作にルークに手渡した。
「好きにすればいいんじゃない? 元からあんた達のだし」
まさかもう一方の片割れまで渡されるとは思わず目を白黒させアッシュを見ると頷かれた。
3人がいいと言うのだ。それ以上何も言えなかった。