「アッシュー」
特に返事を期待して呼んでいる訳じゃない。
ただ、呼びたいだけ。
「アッシュアッシュ〜」
「なんだ、ルー…。あっ……」
「えっ?」
歩きながらおれはとくに何の意味もなく名前を連呼していたんだけど、それでアッシュは何かに気付いたようだった。
「名前だ」
「なまえ?」
アッシュはちら、とこっちを見て「仮の名前」と呟いた。
「俺は、信託の騎士団に属しているからアッシュという名前を知っているやつは結構いる。服装を変えているとはいえ、このまま『アッシュ』を名乗るのはよくない。……ルーク、お前はもっと駄目だ」
「あ、そっか……。えっと『ルーク』の名前も知られてるのか?」
そう言うとアッシュは苦笑いして、まぁ、キムラスカ・ランバルディア王国次期国王の名だから、と言った。
そっか、そういうものなのかぁ。
「せっかくアッシュから貰ったのになぁ……」
大事な名前なのに。
そう言うとアッシュの歩みがぴたっと止まった。
どうしたんだろう?
「……『ルーク』の名前は好きか?」
「うん……? だって元々はアッシュの名前で、おれにくれた名前だもん。アッシュもおれもルークだって、いって、くれた……。大事な名前……」
ぎゅうっとアッシュに腕を回す。
アッシュが最初にくれたもの、それは名前だった。
だから、大切で大事で手放したくない。
「名前……かえなきゃダメ?」
「仮の名前だって言っただろ? あくまで対外的に使う名前を考えるんだ。2人の時はこのままだ」
なんだ、そっか。
それならいいや。
体を離して考える。
再び歩きだして。
名前、かぁ……。
「アッシュの名前、おれがつけていい?」
「……何かあるのか?」
「うん。『アル』。アッシュはルークでもあるから、両方からとってアル!」
単純だなと言われたけど、アッシュは嫌そうじゃなかったから使ってくれるかも。
というかもうアル以外思い付かない。
「じゃあお前は『ルル』だ」
「えーと、……女の子みたいじゃない?」
「お前方式でいくなら最初の字は今の名前で、後が前の名前なんだろ? お前はルークっていう名前だけなんだから、ルルだ」
んー……?
なんか違うような気もするけど、アッシュがつけてくれる名前なら何でも嬉しいから、おれの仮の名前はルルに決定!
アッシュはさらにファミリーネームを決めて、俺たちは双子ということにする、と言った。
「それから、髪と目だが、人前に出るときは譜術で色を変える。ただ……」
アッシュが言うには、かけることはできるが解除できないらしかった。
「色変えたらもう戻せないってこと?」
「いや、そのうち自然に戻る。効力は3日らしい。ちょうどこれから街道にでなきゃならないからかけてみるか」
アッシュが詠唱を初めて足元から音素が立ち上る。いつもは重力にしたがって真っ直ぐ流れている赤い髪もふわりと浮いた。
アッシュの詠唱を見るのは初めてだ。使えるのは知ってたけど……。
金属的なのにどこか柔らかい音が微かに聞こえて、ふわっとした光に包まれた。
眩しくて閉じていた目をぱかりと開けたら、いつもと違うアッシュがいた。
「うわぁ。アッシュじゃないみたい……」
「お前もな」
そう言われて自分の髪を手にとってみる。
いつもの朱色じゃなく、赤みがかった茶色になっている。
目は自分じゃ見れないからアッシュの目をじっと見てみる。
ほぼ黒に近いけど濃い緑らしかった。
「使いこなせば、まったく違う色にすることもできると書物にあったが、今はこれが限界だな……。元の色が多少残ってるが、まぁ……大丈夫だろ。一般に広まっている譜術でもないしな」
そう言うアッシュは、アッシュなのにアッシュじゃないみたいだ。
顔が変わっているわけでもないのにそう感じるのが不思議だった。
「行くぞ。今日中に西ルグニカ平野へ入る」