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鳥籠にさようなら 43


「久しぶり、です」
「あぁ。四年ぶりだな」

なんの躊躇いもなく会話を交わすアッシュの様子に驚いたルークは何度もアリエッタとアッシュの顔を見てしまった。アリエッタがそんな慌てているルークに近付いてじっと目を見る。

「あなたが、アッシュのレプリカ……ですか」
「あ、え……いや、え?」

まるで返事などできないルークに代わってアッシュが肯定した。

「会えたら、二人にお礼言いたかったです。イオン様のレプリカ……イオンとシンクを助けてくれてありがとう。あと、イオン様から伝言あるです」
「イオンの……? 何だ」

アリエッタは抱きしめているぬいぐるみの一部の糸を外し、中から小さな封書を取り出した。いつも抱きしめて持ち歩いていたためかその紙は少しくたびれてしまっている。

「これ……です。アリエッタも中はしらないです」

アッシュがそれを受け取るとアリエッタはほっとした表情を浮かべた。いつか渡すためのそれをようやく渡せたという安心が滲んでいる。

「あなたのお名前、なんていうですか?」
「あ、おれルーク……。アッシュの元の名前貰ってる。でもおれもアッシュもマルクトでは違う名前使ってるんだ」

アリエッタがアッシュとルークと話している間、残りの三人で話していたがフローリアンがとことこアリエッタに近付いてアッシュとルークに自己紹介した。

「それで、フローリアンは何のために来たんだ?」
「マルクト皇帝陛下に会うためだよ」

マルクト帝国とキムラスカ・ランバルディア王国の緊張が高まっているため、和平を成すためにまずはピオニーに会うのだという。

「まずは僕の兄弟に会って、アッシュかルークに繋いでもらおうと思ったんだけど直接会えて良かった! ピオニー陛下のところに連れて行って欲しいんだ!」

明るく朗らかにそう言われてもアッシュとルークは目を白黒させるばかりだ。しかも独断でダアトを飛び出てきたのだという。アリエッタが小さく息を吐いた。

「フローリアンは、言い出したら、きかないです」
「そう、なのか……? でも、確かに和平は必要だよな……」

ここ最近の緊張感にはピオニーも頭を抱えていた。渡りに船とはこのことかもしれないと思う。

「明日、僕の導師守護役が合流するよ。アニスっていうんだ。僕にこの名前つけてくれた子だよ」
「では、フローリアンがレプリカだと知っているということですか?」
「ううん知らない。僕がお忍びで動く時用に名前付けてってお願いしたんだ。あ、そうそう。あと、アニスはモースの息がかかってるから」
「え」
「それ、だめな奴じゃないか!」

イオンとシンクが揃って声を上げたがフローリアンはぶんぶんと首を振った。

「んーだいじょうぶ。モースはダメだけど、アニスは違うんだ。でもモースには色々筒抜けになっちゃうから気を付けてね」

何をどう気をつけるんだ、と四人は眩暈がした。
今日はエンゲーブの宿に泊まるのだというフローリアンを見送りルークは不安げにアッシュを見た。イオンやシンクと同じ存在であるフローリアンを疑いたくはないが自分達の存在が知られていることに言いようのない不安を覚えるのだ。

「今はまだなんとも言えないが……アリエッタが噛んでいるんだ。イオンの意に反することをしているとは思えない。アリエッタにとってイオンは特別だからな……。それより和平か……悪くないな」
「それは……うん。ダアトの様子がおかしかったのは、緊張感が高まっていたことも関係あるのかな……」

何気なくぽろりと零したルークの言葉でアッシュの目尻がきりりと吊り上がった。

「ダアトの様子がおかしかった、だと?」
「あ」

しまった、と言わんばかりに口を押さえたルークだったがもう遅い。そうっと伺う側からアッシュの顔が怖くなっていく。

「今回お前が探っていたのは違う場所のはずだが?」
「うぁ、えっと、そうなんだけど、なんか調べていくうちに預言が絡みだして、ダアトに行かないとわからないっぽくて……」

預言に頼り縛られたこの世界についての調べを進めていた。アッシュもルークも預言によって振り回されてきたのだ。そして預言に詠まれた十七という年になってしまったことがルークの気持ちを焦らせた。

「怪我が酷かったのはそのせいか」
「あ、う……。で、でも神託の盾騎士団にばれたとかそんなんじゃない……」

しかしまったく関係ない訳ではないため、しどろもどろになってしまうのは仕方のないことだと言えた。調べるうちに気付けば身動きがとれなくなり、危ないとわかっている道を選んでダアトを後にするしかなかった。結果的に魔物が強いため避けていた地域を突っ切る形になったのだ。
なんとか手傷を負いながらも待ち合わせ場所の近くまで辿り着いたが、度重なる緊張はルークの心身を削っていた。

「えと、だから、道が途切れていることに気付かなくて、今思えば崖から落ちたんだろうなって……」

イオンが絶句し、シンクが首を振っている。かたりと音を立てて立ち上がり外に出る素振りを見せた。

「どこに行くんですか?」
「フローリアンのとこ。情報収集してくる。きみも来る? ここにいても煩いだけだと思うけど」

イオンがルークをちらりと見たが、結局は席を立ちシンクと共に家を出て行った。
二人が居なくなったことでルークは逃げ場を失い、ただただ小さくなるしかない。正面からアッシュを見ることができなかった。

「この、バカが……!」

絞り出すような低い声がアッシュから発せられたがルークが覚悟していたような激しさはまるでなく、それに驚いたルークは顔を上げて更に驚いた。
アッシュは右手で顔を覆ってしまっているため表情は詳しくわからない。しかし辛うじて見える唇が震えていた。ぎり、と下唇が噛み締められている。
ルークは自分の行動がアッシュを傷付けたのだと思い至って、慌てて立ち上がる。まだくらりとする体を叱咤してテーブルの向かいに座るアッシュの右横に行きその頭を抱えた。

「アッシュ……」
「俺は、お前を失うところだったんだぞ……」
「ごめん、ごめん、アッシュ……!」

逆の立場だったらどうかとルークは考えて全身を震わせた。アッシュを失うかもしれない恐怖を抱えながら看病することを思うだけで涙が出そうだ。
そしてそれを実際アッシュは味わったのだ。しかもルークの勝手な行動の結果で。
テーブルに肘をついて顔を覆っているアッシュと視線を合わせたくて中腰になろうとしたが、今の萎えた体ではそれすら叶わない。崩れる様に地面に膝をついてアッシュを見上げそっと右腕を掴んで顔から離して息を飲んだ。

「アッシュ……」

強く噛み締められた唇は血が滲んでしまっている。ルークはアッシュの太腿に手をついて伸びあがるようにして顔を近づけた。

「ん……」

切れてしまったところに触れるとアッシュは少しだけ身動いだ。でも、それだけだ。衝撃はまだアッシュの上から去っていないのだと知れる。

「アッシュ……アッシュ」

名を繰り返し呼んで、触れるだけのキスを繰り返した。今は何の言葉も意味を成さない。ちゃんとここにいることをアッシュに伝えたかった。
そうしているうちにルークの目から涙が溢れ出てきてしまった。あまりに深い衝撃を与えてしまった自分の不甲斐なさに対するものだ。ルークの頬を伝った涙がアッシュの膝に置かれた手に落ちたことでようやくアッシュは反応した。

「……何で、お前が泣いているんだ」
「うん、ごめん……でも、止まらない……」

キスの合間に溜息を付いたアッシュは立ち上がりながらルークの体を引き上げた。

「まだ本調子じゃないんだ。寝ろ」
「いやだ」
「……ルーク?」

ぎゅうとアッシュにしがみ付くようにしてルークは首を振った。

「ちゃんと、アッシュにおれが居なくなってないって、わかってもらうんだ」

呆れたようにルークの後頭部を撫でたアッシュはちょっと面白そうにルークの顔を覗き込んだ。

「じゃあ一緒に寝るか?」
「あぁ! それいいな!」

まるで屈託なく笑顔で返事をされたアッシュの方が苦笑した。

「わかってねえな。まぁ、いいけどな」
「ん?」
「なんでもない。それより屋敷のベッドと一緒だと思うなよ。狭いからな」
 
全然気にしないと言ったルークは言葉通りすぐに眠りに落ち、あまりの速さにアッシュは驚いたが、やはりルークの体はまだまだ休息を求めているのだなと実感した。起こしてしまわないようそっと抜け出て、元通り部屋に戻って椅子に座る。そして考えた。
明日グランコクマへ発つのは己一人がいいなと。

(ルークはまだ動かない方がいい。もう少し体力を戻してから……そうだな、シンクにグランコクマまで一緒に来てもらうか)

先ほどルークはうまく屈めず地面に膝をついていた。ルーク一人で帰路につくのは危険だ。シンクは口ではなんだかんだと言うだろうが断らないだろう。






2018.4.24