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鳥籠にさようなら 44


気分を切り替えるように細く息を吐きだし、胸ポケットからさきほどアリエッタから受け取った封書を取り出す。イオンからの手紙だ。懐かしいな、と心の中で呟いた。教団内での任務でそこまで頻繁にかかわる機会はなかった。しかしお互い顔を知っていたし、隙を見てはイオンはアッシュに話しかけてきた。その中でも最初に
「ねぇ、君のレプリカってどういう子?」
と、突然話しかけてきたことは忘れようもない。そのイオンが残した手紙の封を切るのは思った以上に緊張した。小さな封筒にふさわしい四つ折りの手紙を広げる。



親愛なるアッシュへ。君は君自身に詠まれた預言をどこまで知っているかな。ヴァンデスデルカから知らされた預言は一部分にすぎないと知っていたかい?
僕から最後の預言をルーク・フォン・ファブレに贈るよ。こんな贈り物、蹴っ飛ばしてくれることを心から願っている。
まだ見ぬルークへ。君に贈る預言はないよ。この意味がわかるかな? 君には預言なんてもの存在しない。あるとすればアッシュの預言にほんの少し影が見えるくらい。
レプリカルークを縛るものはなにもないんだ。でも完全同位体であることでルークと見なされるのなら、そうもいかないから気をつけなよ。



最後の手紙にしてはあっさりしたものだ。そうとう砕けた書き方でもある。文章の後に、預言が記されていた。

「『ND二〇一八ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって、街と共に消滅す』……ヴァンが言っていたのはこれのことか……」

アッシュは小さく舌打ちをした。ヴァンからはキムラスカ・ランバルディア王国に利用された挙句、死ぬ預言があるとだけ聞いていたのだ。当時のアッシュは国主導の超振動実験を受けていたためその預言になんの疑問も抱かず、痛みで鈍った思考の中で囁かれた出奔に自然と頷いていた。
それがヴァンの計画通りだったと気付いたのは、レプリカルークを実際この目で見た時、そしてそのレプリカをファブレ家へ戻すとヴァンが言った日だ。
フォニミンを採取される際に強いられた苦痛を味わっても、これは何かの間違いで理由があってこんなことをするのだと思いたかった。レプリカが生み出されこれから自身の代わりになる存在をよく見ておくようにと、ほんの少しの時間ルークと二人きりにされたことを思い出す。

「ルークは、覚えていないだろうな……」

むしろ覚えられていたら困るなと胸中で呟いた。なにしろあの時アッシュは溢れるほどの涙を零したのだから。
最初は訳も分からず呆然とベッドに横たわるルークを見下ろしていた。何一つ考えがまとまらず現実感さえもなくただただ、見ていた。何もかも同じだというレプリカという己と存在を等しくするものを。
まったく理解が追い付かない中で唐突に脳裏に音が閃き、アッシュはぐっと眉根を寄せた。いつも不鮮明でなかなか聞き取ることは難しいそれは声だと分かっていたのだ。

(相変わらず、はっきり聞こえない……。同位体? 二人……だと? 何が言いたいっていうんだ)
「うっ……あぁ……っ」

ぼんやりとアッシュを見ていたレプリカルークが突然苦し気に呻きだし驚いているうちに不明瞭な声は遠ざかりそうすると目の前で歪んでいた表情は元通りを通り越してきょとんとしたものに変化した。

「お、まえ……今の、を」

聞くまでもなかった。アッシュにしか認知できなかったものをレプリカルークもまた感じ取っている。何もかも同じなのだという実感が体中を駆け巡り、おそるおそる手を伸ばしてベッドの上の手に触れてみた。そうして手のひらのフォンスロットを解放して音素を感じてみる。

「そう、か……。そうなんだな……」

同じだった。別の存在に触れているというのに、自分の音素として感知できる。そうして手を繋いでいるとレプリカルークは小さく声を上げて、とても嬉しそうな顔をアッシュに向ける。あまりに無邪気に笑うその顔は同じだというのに同じではないようにしか見えない。だが、存在は同じだと音素が物語っている。

(俺と、同じ。俺はもう、一人じゃなくなったんだ)

その気持ちが身の内を満たして、溢れたものが目から滑り落ちて行った。
そうした思いがアッシュの中で強固なものとなり、その後にヴァンから受けた半ば精神支配に近いものにも抗うことができた。意思がぐらついた時にはレプリカルークと接した時のことを思い出すと、不思議と意識が晴らすことができたのだ。
表面上ヴァンに従う素振りを見せてある程度自由に動けるようになった頃、レプリカルークの様子を見に行くことにしたがこれはヴァンに見透かされていたように思う。絶望を深くすればいいのだという策だろうが、アッシュはただあの屋敷であの存在が笑っているかどうかが気になっていた。
なぜなら最後に触れた時から一年が経過していたのだから。

「俺を見たあいつが嬉しそうな顔をするのに驚いたな……」

もう六年も前の出来事だというのに、アッシュは鮮明に思い出すことができることに気付いて苦笑する。ルークもまたアッシュという存在のことを覚えていてずっと会いたかったと拙い言葉で訴えてしがみ付かれたことが昨日のことのように思い出せる。
預言通りになんて、なってやるものか、とルークを抱きしめながら決意したのもこの時だ。その頃からその思いは変わらない。
早いうちにフローリアンをピオニーに引き合わそうとアッシュは意思を固め、実際に次の日早々にグランコクマに向けて出発し、アニスという少女の動向を目の端に入れつつどうピオニーに繋ぐかと頭を働かせた。

(導師直々の訪問……正面から堂々といけるだろうが、俺が連れて行くのは怪しいか?)

できるだけ周囲に不信感を与えたくないのだ。ここ最近、ガルディオスとナイマッハの評価は急速に上がっている。最初は復興した一族への様々な恩恵のおかげだと陰口を叩かれることもままあった。しかし、じわじわとそうしたものは覆しつつある。行動で示してきた結果だ。それを崩すのは得策ではない。
ナイマッハとして生きていく決断はまだできない。が、芽は残しておくべきだ。
つらつらと考えているうちにグランコクマに到着してしまい頭を抱えたくなったが、そんなアッシュをよそにフローリアンは躊躇いなく王宮へと向かいにこやかに訪問を告げた。
あまりの行動力に度肝を抜かれているうちに奥へ通され、まるで準備万端とでも言いたげな表情を浮かべたピオニーに迎えられ顎が落ちそうだ。

「ピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下、お久しぶりですね」
「導師イオン、久方ぶりだなあ。息災そうで何よりだ。予定より早くお着きだな」

くすり、とフローリアンが笑う。ピオニーも目だけで笑い返した。そのやり取りでひやひやしているのはアッシュだけだ。この場でアッシュだけが知っていることがある。この二人が実はすでに数年前、顔を会わせたことがあることを。

「偶然にも途中でこちらのナイマッハの方にお会いしましたので、まことに勝手ながら案内をお願いし、同行いただきました。そうでなければこんなに早くお目に掛かれなかったでしょう。私はマルクトの地理には不慣れですし……」

やられた、とアッシュは内心舌打ちをした。吹き荒れる胸中をあえて言葉にするなら、
「フローリアンがここに来ることは打ち合わせ済ってことか! くそ! ピオニーが呼んでやがったな! 俺に説明が省けてラッキーみたいな顔しやがって!」
である。大概不遜ではあるが顔に出てはいないし、ピオニーはアッシュの性格を理解しているので知った所でなんとも思わないだろう。 
お互いすでに和平へ向けてどういう行動をするかは吟味済のようで、とんとんと話が進んでいく。






2018.5.3