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鳥籠にさようなら 45


「俺としては今の緊張状態は望むものではない。そのために親書を認めたのだが、あいにくキムラスカ・ランバルディア国王へ届けられる確実な手段がない。そこで導師イオンにお任せしたいと思っている。ローレライ教団最高指導者を使いにするなど、恐れ多いことではあるが、確実にインゴベルト王へ届けるためにご理解いただきたい」
「和平は世界にとって重要なことです。我々ローレライ教団は世界を等しく導くためにあるのです。私以上にこの任に相応しいものはいないでしょう」
「ありがたい。俺の手紙に加え、こちらから使者を同行させる。導師守護役代わりになれるかはわからんが、道中何かと申し付けてくれ。アスラン・フリングス少将を代表者とし副官にジェイド・カーティス大佐をつける。あと数名の同行者はフリングス少将の人選によるが、あくまで小隊だ。人数の希望があればお受けするが」
「お任せします。私には導師守護役タトリン奏長がおりますので、護衛という意味ではお気遣い不要です」

本当にキムラスカ・ランバルディア王国に親書を届ける気だとピオニーから伝わってくる。果たして、親書が届いたとして上層部に響くものがあるのかと勘繰ってしまうが、そこはもう信じるしかない。

「数日は休憩されるといい。グランコクマを観光するなどしてゆるりと過ごされることを願う」
「えぇ、そうさせていただきます。その間、できればこちらのナイマッハの方と行動したいのですが……道中なにかとお話して楽しかったもので」

突然話の中にぶち込んでくるんじゃねぇ、と思いつつピオニーの朗らかな承諾の声と共にアッシュは頭を下げた。
宮殿をさがりその足でガルディオス邸に向かい屋敷内を足音高く歩くアッシュは不機嫌だということを隠しもしない。少し後ろをついていくガイは苦笑するしかなかった。ただ、その気持ちもわからないでもないので、そっと声をかける。

「落ち着けよ。とりあえず一日中一緒にいなくちゃならない訳じゃないんだし」
「……転がされた。それが気に入らない」

何のことを言っているのかと目を瞬くガイだったが、今はそっとしておこうと口を噤み歩を進める。向かう先は屋敷の奥深く、人払いがされた場所。
「よう、怖い顔だな? アル・ルキウス」

にやっと笑う顔を正面から見てアッシュの眉間に力が入る。

「……おかげさまで。それにしても移動が速すぎやしませんか」

導師イオンを案内し、多少宮殿内を散策したとはいえ真っ直ぐここに来たのだ。皇帝の地位にあるものの移動として有り得ない時間だ。誰にも告げずにお得意の脱走でもしない限りは、だが。

「いやーこれでも時間かかった方だぞ。なかなか警備も賢くなって」

もう何も言うまい、とアッシュは諦めて脱力するしかなかった。ただ、諦めきれない気持ちが隣に立つジェイドへ向かったのだが、ジェイドは見られても困るという仕草で答えた。

「陛下、突然のこと……いや、仕組んだ通りでしょうが、俺に何をお望みでしょうか」
「キムラスカへ行ってくれ」

その言葉を中々理解できなかった。いやしたくなかったのかもしれない。ひゅっと息を吸った状態のまま吐くことすらままならず、瞬きも忘れるほどの驚きが広がっていく。
それはガイも同じようで直立不動で固まっていた。アッシュは多大な努力を持って肺にたまった空気を押し出した。

「理由、は」

隠しようもなく声が擦れた。つい先日〈イオン〉の秘預言を知った所だ。そのタイミングでキムラスカ・ランバルディア王国へ行くことを提案され目が眩む。これが預言の強制力なのか、と。
あまりに激しいアッシュの反応にピオニーとジェイドは何かあったなと直感した。そもそもルークが帰還していないのだ。まずはそこから明らかにすべきかと顎に手を添えた。

「アル……んー、アッシュ。ルークと別行動しているのはなぜだ?」

一瞬間があいたことが、アッシュの逡巡を明確に示している。

「ルークは、怪我をして動かせなかった。だから」
「なんだって!」

途端にガイが慌てだしたためアッシュは途中で口を噤み手ぶりで落ち着くよう示す。

「ガイ、今は大丈夫だ。一時はどうなるかと思ったが、あとは体力が戻れば何ともないだろう」
「あぁ、まぁお前がここにいるってことはそうなんだろうが……。心配だ……」

今にも手を揉みそうなほど落ち着きを失ったガイだったが、とりあえずピオニーの話を聞かなくてはならないと思い至りすっと佇まいを戻した。

「ん、そうか。できればルークにも行ってもらいたかったが」
「ルークは近日中に戻ります。陛下、導師に同行すること自体は何の不都合もありません。しかしながら、キムラスカ領内まで踏み込むのは危険です。ケセドニアまでならまだしも……」
「重々承知の上で、それでもだ。アスランやジェイドでは見えない部分を見極めて欲しい」

アッシュはぐっと奥歯を噛み次いで乾いた唇を一度舐める。

「……お伝えしなければならないことがあります」

ルーク・フォン・ファブレに詠まれた秘預言を告げるには勇気がいった。なぜなら最終的にそれはマルクト帝国の終焉に繋がっているからだ。最後の皇帝の血……言うまでもなく目の前のピオニーの最後までをも含む預言。本人を目の前にして最後を語るなど、と、ちらと頭を過ったがそれは自分も同じだ。己の終わりから目の前の人物の終わりまで一続きなのだから。預言の内容に次いでフローリアンのこと、アリエッタのこと、そそてこの秘預言は、被験者イオンからの手紙によって明らかになったことを簡潔に報告した。

「ふーん」
「いや、陛下、ふーんはないでしょう」

呆れる様にガイが口を挟んだ。それを軽く流したピオニーがスッとアッシュに視線を移す。いつものふざけた様子の欠片も見当たらない、硬質な色が見える。

「で? アッシュ。お前その通りになるつもりなのか?」
「……んなわけねぇだろうが」

がらっとアッシュの口調が変わる。感情が一定以上高まると本来のものが出てくるのだ。常ならば胸中に納まっているが今は抑える必要性を感じない。

「俺もルークも、十七で終わらないためにずっと動いてきた。ここにきてキムラスカがどう俺を使おうとしていたのかぼんやりとだがわかったんだ。みすみすそれに向かって進むことはしない。今、フローリアンに同行して向かうことはそれに反する」

ふむ、と言わんばかりにピオニーは腕を組んだ。ジェイドは最初から微動だにせず空気のように控えずっと静観している。すっと一度目を伏せたピオニーは振り切るように顔を上げた。

「……それでも行け」
「聞いてなかったのか?」
「まさか。リスクを承知で言っているんだ。そもそも俺は被験者ルークに命じている訳じゃないんだぞ。マルクト帝国の貴族、ナイマッハを派遣しようとしているだけだ」

表面上はそれで間違いない。だがアッシュはルークなのだ。これは動かしようもない事実であるだけに背中にじっとりと汗が流れていく。

(知っていたにしろ、知らないにしろ、結果は変わらないのか? まさか……。もしそうなら、今までの俺たちのしてきたことの意味はなかったと……いうことなのか?)

徐々に血の気を失い、いまや冷や汗を流すアッシュをじっと見ていたピオニーだったがふっとアッシュに近付きおもむろに腕を持ち上げた。

「いっ」

背中に衝撃を覚え息が詰まる。一瞬何が起こったか分からなかったが、何のことはない、ピオニーが背中を叩いただけだ。ただし、強めの力ではあったが。

「もう少し力を抜け。最近のお前は前のめりすぎる。和平への使者がその預言に繋がるのは間違いないだろうが、バチカルは鉱山の街ではないし、過去そういったことがされたこともない。数年ぶりの里帰りだと思って気軽に考えたらどうだ?」
「そんな能天気なことを仰ってもらっては困りますねぇ。預言通りであればマルクトは滅びますよ?」
「預言に逆らえないのであれば遅かれ早かれ同じだろう? それなら足掻くしかないだろうが。最初にそれを俺に見せたのはお前のはずだな? なぁアッシュ? そんなお前が今一番預言に縛られている。おかしなことだ」

そう肩を竦めながら身を離したピオニーをアッシュは目で追いつつ、言われたことを反芻する。そうだ、確かに預言を気にしている。それは事実だ。
ゆっくりと息を吸って吐く。
大事なことは何か? 預言ではない。ルークと共に在り続ける、ただそれだけ。
ならば、どうする?

「わかった。乗ってやろう」
「そう来なくちゃな! お前とルークはジェイド配下のマルクト兵に化けてもらう。常に兜をかぶるんだからバレないバレない! ちゃんと軍服一式用意してあるからな! 安心しろ」

もうどこから突っ込めばいいのかわからず、アッシュは肩を落とすに留めたのだった。






2018.8.9