次の日、アクゼリュスに辿り着いた面々は絶句し立ち竦んだ。
「これは……なんということでしょう……」
ナタリアが震える声を落とす。それは全員の思いとまったく同じだった。
「報告以上に深刻な状況であると見受けられます。カーティス大佐、早急に住民の避難が必要かと思いますが、他に手があると思いますか?」
「ないと思われます。フリングス少将。シンク、タルタロスは近くまで来ていますね」
「指示通り、滞りなく」
ナタリアが初めて聞く話に驚きを示しており、それにはアッシュが説明をした。
「我らは親善のため、アクゼリュスに赴きました。そのため徒歩で参りましたが住民に予想以上の損害がある場合手ぶらでは救出できません。それゆえマルクトの戦艦を待機させております。もちろん保護にのみ使用する物ですがそもそも戦艦です。キムラスカを刺激することは本意ではありませんので申し訳ありませんが独断にて手配しております」
「ですが、マルクトからの道は……」
「その通りです。ナタリア殿下、救出のためにはキムラスカ領を通らねばならない。許可をいただけますか」
ジェイドがそう切り出し、ナタリアは戸惑った。この旅に同行したとはいえ、さらに王女であるとはいえ独断で許可するには大きすぎると感じたのだ。
「わたくし個人の問題ではありません。正式な親善大使であるルークと相談します」
それは最もだとフリングス少将は頷き、至急すでに到着しているであろう親善大使一行の元へ向かうことを進言する。
それこそがこちらの狙いだ。救出用にタルタロスを近くに停泊させていることは確かだが、ルークという存在に面通りするにあたってこれ以上の道具はない。ルークなる人物がこの話をどう判断するのか、そもそも面会に応じるのか、いろいろと見えてくることがあるはずなのだ。
探すまでもなくアクゼリュスの人々が道を開けるため自ずとルーク一行の場所はわかる。比較的上部に位置する館だ。ナタリアとマルクト一行が到着したと知ってアクゼリュス知事が転がるように飛んできた。
「こ、これは、ナタリア殿下! まさか殿下がおいでくださるとは……! なんと恐れ多く、ありがたいことか」
そう深々とお辞儀をする知事にナタリアは凛とした声を掛けた。
「アクゼリュスはかつて我が国の街でした。今はマルクト帝国領となってはおりますが国は違うといえど放っておくことはできません。しかし今回はマルクトの方々の尽力があってこそです。わたくしよりもこちらの方々へ感謝を」
知事はその言葉の通り何度も感謝の言葉を送った。目が潤んでおり、演技ではなく心からそうなのだとわかる。
「数日前に親善大使としてルーク様もお越しになり、街のものは力付いております」
「わたくしはルークに会いにきましたの。案内してくださいな」
「は……」
受諾し腰を折る知事だが、歯切れが悪くそのあとの言葉が続かない。
「いかがされましたか? マルクトの者の接見が難しければ私たちは遠慮します。どうぞナタリア殿下をルーク様のもとへ」
柔らかくフリングス少将がそう言うと慌てたように知事がそうではないと否定する。そのわりには戸惑いは消えておらず懸念が他にあるのだと全員わかった。
「その……私もルーク様のお姿は拝見できておらず、直接お取次ぎは難しく……」
アッシュとルークはやはり、と唇を噛んだ。ルークという存在はここでも隠されている。従者として同行の白光騎士団とだけ接しているらしい。
「……かまいません。護衛の騎士のもとへわたくしを連れていきなさい」
そうしてナタリアは館の中へと踏み込んでいったのだが、幾ばくもなくその姿を見せた。話は建物の中で、という提案に従い近くの館へ入る。
「タルタロスをキムラスカ領内へ入れることを許可します」
「ありがとうございます。ルーク様もご了承くださったのですね」
フリングス少将の言葉にはゆるく首を振り否定を示した。
「これはわたくしの判断です。急を要することです。許可を与えることができる者が判断せざるを得ませんわ」
ナタリアの声は固く、それ以上何も聞くなという意思を感じる。
明確な言葉にされなくとも皆わかった。ナタリアはルークに会えなかったのだと。しかしそれを口に出すことはできない。ナタリアの王女としての立場を貶める訳にはいかないからだ。
(かたくなに存在を隠し、ナタリアにさえ会わない。これは……影武者どころか)
白光騎士しか来ていない、そういうことだった。
至急、救助の体勢を整え粛々と人々を誘導する。その最中ヴァンの姿は見えないが配下である教団兵が動いているのを確認した。今の所連携して救助にあたっている。ルーク一行よりも先に到着していたガイとティアは街の者に有志で来てくれた貴族として受け入れられ特にティアの治癒術はありがたいと評判になっていた。
しかしガイにとって予想外だったことが一つ。ナタリアの存在だ。成長したとはいえ年齢的に面差しはさほどかわらないのだ。面と向かって会う訳にも声をかわすわけにはいかない。注意深く接触しないよう主にタルタロスとの連絡を担当した。
数日をかけ避難の手配や鉱山内で動けなくなっている者の捜索などを行い、さらに気落ちしている街の人々への慰問など、することは山ほどあり皆精力的に働いた。白光騎士団の半数はナタリアと共に動きキムラスカ・ランバルディア王国としての立場を示す。
ありがたがる者たちはごく自然にルーク様はどのようなご様子かと問い、ナタリアはその度に笑顔で答えた。
「彼はこの街に起こっている現象について情報を集め、打開策がないか調べていますわ。そのため中々街をまわることは叶いませんが気持ちは皆の元にあります」
あくまで王女としてナタリアは振る舞わなくてはならず心の内にある疑心を抑え込みつつ臨む他なかった。
そのナタリアよりもさらに輪をかけて多忙であるのは間違いなくフローリアンだ。導師の言葉はなによりも民衆に響き、それを理解しているフローリアンは体力の限界まで毎日街中を歩いた。泥のように眠りまた次の日ほぼ休みなく声を掛け続ける。見かねたアニスが止めようとしても頑なに首を縦に振らなかった。
「フローリアン、少し無茶しすぎじゃないか? 今日は休めよ」
朝姿を見せた際、あまりに顔色が白いフローリアンを見てルークがそっと声をかけた。
「う、ん……。結構無茶してるしね。でも待ってる人いっぱいいるから……」
自身でも限界だと自覚があるらしく、悩む素振りを見せる。そうしているうちに机にくたりと突っ伏してしまった。アッシュが溜息混じりに声を落とした。
「導師イオンの言葉を待っているやつなんてどこにでもいる。きりがないぞ」
「そうだけどー……」
「ま、避難させるのには導師の言葉が一番効くのは間違いないよね。ボクらが呼び掛けても動かないのに導師の声で一発。勝手にくたばるのは勝手だけど思うように避難が進まないほんと迷惑ったらないね。……仕方ないから今日くらい代わってやってもいいよ」
ルークがびっくりしたようにシンクを見るとふいっと顔を逸らされた。
「え、シンク本当に? 実はもう僕へとへとなんだ〜。助かるよ……。じゃあ今日僕がマルクト兵になるね」
「ちょっ、ちょっと待てよ! シンク、導師だぞ? 大丈夫なのか?」
さっそく服を交換しようとする二人を止めるように慌てて両手を振りながらルークが割って入った。フローリアンはきょとんとし、シンクはじっと見返してくる。
「ここで導師の力の有無は関係ないだろ」
「そ、そういう意味じゃないよ。ほら、あの、なんていうか……そうだ! 言葉遣いとか大丈夫なのか?」
「ここ最近導師イオンとしてのフローリアンの様子をずっと見てたけど、だいたいイオン……エンゲーブのあいつと一緒だ。短時間くらい演じられる」
「それは、そう……だろうけど……でも、シンク……」
歯切れ悪くもごもごと言葉が尻すぼみになる。それにちょっと面白そうにシンクは小さく笑い心配しすぎだと服に手をかけどんどん交換していった。みるみる内にフローリアンはマルクト兵に、そしてシンクは導師イオンになった。
「じゃ、先に行くよ」
「あ、僕も行く〜。この姿だったらそこまで疲れなさそう」
何の躊躇いもなく二人は部屋を後にし、戸惑ったままのルークと口を出すこともなく静観していたアッシュが残された。
「本当に行っちゃった……」
「大丈夫だろう。シンクから言い出したことだ」
ルークはアッシュを振り返って眉尻を下げる。
「でもシンクは、レプリカイオンとしての自分をまだ……」
シンクはレプリカとしての自身に複雑な思いを持っているとルークは感じていた。導師の力の継承という意味では失敗作と判断されたと本人から聞いている。だからこそ先ほどの発言には心から驚いたし、今日イオンとして過ごすことはシンクにとって辛いことなのではないかと気を揉んだのだ。
「確かにあいつはその傾向がある。……気が変わったのならいいことだと俺は思う」
シンクの笑いは不快なものではなかった。心配するルークの様子をくすぐったがるような前向きな顔だった。
「まぁ……シンクだし、本当に嫌ならそもそも言わないだろうけど。あっもうこんな時間じゃねぇか! おれ達も行こうぜ!」
思った以上に時間が経過しており慌てて二人は街へと飛び出して行ったのだった。