慣れない力を行使したシンクは傍目から見ても疲れていたが、束の間の休憩である程度回復した。元々に体力に加え日々の鍛錬の成果だ。
鉱山の入り口で四人は改めて集合し顔を見合わせしっかりと頷く。ここから先は何があってもおかしくないのだ。突然、障気が噴き出てくるかもしれない。未知の魔物が活性化しているかもしれない。なにより、ヴァンが何かを仕掛けてくるかもしれないのだ。
「障気を確認したら私の側にきて。短時間なら譜歌で守れるわ」
「わかった。ティア、無理はするなよ」
各々注意事項を確認し、シンクを先頭に足を踏み入れた。慎重に足を運び緊張を緩めずにただ歩く。あまりに静かであることがさらに不気味さを助長するようだった。
(ヴァン……奥で調べものをと言っていたのに、なにも音がしない。もういない? いやボクに向けたあの眼差し。どうしても奥に行きたかったはず……)
しかし、ダアト式封咒は解呪できていないのだ。進みようもないはずだと思いながら進んだその先でシンクは唸った。
「うそだろ……。なんで」
扉は破壊されており、なんとか人一人通れる穴が開いていた。しかし封咒は所々残っていることから解呪せず無理矢理ほころびを拡げたのだとわかる。
「シンク、これが扉だったもの……か?」
「あぁ、そう導師イオンに聞いている。でも解呪は途中までしかできなかったはず。どうやって破壊したんだ……」
三割解呪したことで衝撃に弱くなったのだと考えざるを得ない。しかしよほど強力な衝撃を加えない限り、開くとは思えないのだ。ヴァンの執念を感じるようだった。慎重に壊れた扉をくぐるとその先はまるで様子が違う。淡い光に彩られた壁、光る通路などおよそ鉱山の中とは思えない。戸惑う面々は周囲を見渡した。セフィロトというものがある空間だとは聞き及んでいたがあまりにも普段目にするものと違いすぎる。
「アル、あそこ見て」
ほとんど息だけで話しかけそっとルークが差した方向には一際大きな音機関と思われる装置、さらにその前に立つヴァンがいた。何をしているというのか、ただ装置を見上げている。四人はさっと視線を絡め、ティアが緊張した面持ちで歩を進めた。
「兄さん。ここで何をしているの」
「ティアか。何をしにきた」
「導師イオンが心配なさっているわ。戻りましょう。障気の原因がここにないことは兄さんが一番……」
そこまでゆっくりと歩みよっていたティアだったがヴァンにつられるように見上げた装置をしっかりと目に捉えてふらりと後退り、叫ぶように声を上げた。
「……何をしたの!」
「見た通りだ。メシュティアリカ」
「兄さんは、外殻大地を存続させると言ったじゃない!」
咎められるような声を受けて振り返ったヴァンは、何の焦りも戸惑いもなく妹を見つめた。
「こんな所にいるものではない。私はお前だけは生きていて欲しいと思っている」
「ふざけないで。パッセージリングを元に戻して!」
動かないヴァンに業を煮やしたティアが近くにあった操作盤と思われるものに飛び付いた。状況がまるでわからないものの、今ヴァンがティアに攻撃を加えないとも限らないと感じアッシュとルークが間に立つ。シンクは唯一の出入り口へと続く道に立ちふさがるように構える。
「なに、これ。どうして……! 操作できない!」
ティアが何かを打ち込もうとしても一向に装置は受け付けない。頭上に展開する音機関にはただ操作無効という文言が出るだけだ。
「これからここは沈むのだ。今死にたくなければ早く逃げることだ」
物陰から突如として現れた魔物の足にヴァンは掴まり、シンクの頭上を通り越え狭い通路へと姿を消した。
「くそ、待て!」
「追うな! シンク!」
単独追跡しそうになったシンクをアッシュが止めた。現状では一人での行動は危険だ。
「ティア! どうしたんだ!」
「駄目なの。兄さんがありとあらゆる操作を無効化する命令を与えている……」
呆然と見上げる視線の先には相変わらず操作無効という文言、さらにその奥にはもっと恐ろしい古代イスパニア語が明滅しておりアッシュが呻く。
「『機能停止命令』だと……」
「これパッセージリングだよね。ということはセフィロト制御の機能を停止していったってことなの?」
淡々とシンクが事実を口にし、ルークはぞわっと全身の毛が逆立つ恐怖に襲われた。
「この音機関は巨大よ。いきなり止まることはできない。でも順々に確実に止まるわ」
時間はない。しかし焦った気持ちを落ち着かせる時間くらいはある。ただそれだけだが突然全機能停止しないことは幸運だった。
「ティア、操作無効という命令を取り除けばお前でなんとかできるのか」
アッシュが問いティアは自信がないと返事をした。
「この音機関はユリアシティですら見たことがないものよ。創生暦時代のものなんて訳がわからない……でもやるしかない。そうでしょう」
動揺に声を震わせながらもティアは気丈に振る舞っている。兄がしたことに対し責任を感じているのだとわかった。
アッシュがおもむろに兜を取りルークにもとるよう促す。
「ルル、超振動を使う。かなり集中する必要がある。兜は邪魔だ」
「ここで、使うのか……?」
頭をふるりと振って不安そうにアッシュを見る。
「あの操作無効という命令を分解するしかねぇ」
「……パッセージリングに直接やる気? 危険だね」
シンクが咎めるような声を出すがそれしか方法がないことは火を見るより明らかだ。このまま放置すればこの一帯を支えるセフィロトツリーは大地を支えなくなり外殻大地を維持できない。
「アル、ルル……疑似超振動を起こすつもりなの? 確かにそれならなんとかなるかもしれないけれど二人とも無事に済むとは言い難いわ……!」
ティアは二人が単独で超振動を引き起こせることを知らない。動揺するティアにルークは双子の協調力でなんとかすると笑いかけた。
ティアは操作盤、アッシュとルークはパッセージリングの真下に、そしてシンクは二人のすぐ後ろに立ちティアに聞こえないよう小声で囁いた。
「同時に超振動を使う気? 第二超振動になるかもしれない。何が起こるかわからないよ」
「第二超振動か。ありとあらゆるものを無効化できるなら一瞬で済むんだがな」
「……バカ。冗談言っている場合じゃないよ」
「アル、第二超振動はおれもまずいと思う。シンクに指示してもらおう。シンクお前から見てなんかやばそうだと思ったら止めてくれ」
「了解」
ぐっと足を踏みしめ、手をパッセージリングに向けてかざす。ほぼ同時に二人の手が光に包まれ第七音素が集っていく。音はないが、空気が、そして音素が震えびりびりと全員の体に響くようだった。二人の手に発生しているものは共に超振動。しかしよくよく目を凝らせばルークの光の方が小さく輝きもアッシュに比べ弱い。
「う……っ、難、しい……っ」
「ルル、それでいい。操れる範囲で起こせ……」
ルークに顔を向けてそう言うとルークは真剣な顔で頷いた。ルークは大丈夫そうだとほっとしたのも束の間、シンクの厳しい声がアッシュへとかけられる。
「ちょっとアル! 強すぎる! 大気まで分解する気? 少し抑えなよ!」
ルークに気を取られていたアッシュは、はっと気を引き締め意識して超振動を弱めた。超振動は加減というものが難しくなかなか訓練でもてこずったのだ。特にルークはレプリカということもあり超振動で身体にかかる負担が大きすぎる上に、アッシュに比べ扱いが困難だ。これはレプリカとして生まれた以上仕方のないことだとジェイドが言っていた。
できることなら超振動を使わせたくない。しかし今目の前のパッセージリングは早急に手を打たなければならない。ルークもまたわかっていた。多少の負担がかかろうとも今この力を使うべきなのだと。