ルークの存在はキムラスカ・ランバルディア王国にない。それでも預言を実際のものとするための手段として架空のルークを送り、失ったことにした。そう考えるしかないのだ。
「アクゼリュスは消滅してねぇけど沈んでる。あそこにすぐに戻るのは難しいよな。だからばれないって……?」
実際に何を思って行動に移したのかなど考えるだけ無駄だ。想像することはできるが何が正しいかなんてわかるはずもない。それでも考えずにはいられなかった。
「……むかつく」
「ルーク?」
訳のわからなさで混乱とふつふつとした熱さが腹の底から湧き上がってきた。
「アッシュはむかつかねぇの? おれ達のこと勝手に戦争の道具にされて。勝手に利用されて殺されてたまるかって飛び出してきたのに! それでも、いなくたって名前だけでおれ達は」
そこまで行って唐突に言葉を切った。気付いたのだ。ルークの言葉を受けてアッシュの周りの音素が震えだしたことに。まるで揺れる焔のようだ。
目を見開いて固まったルークに気付いたアッシュが一度大きく息を吸って吐いた。もう音素の震えは感じとれない。
「感じたか?」
「あ……うん、すっげぇ怒ってるな、アッシュ……。超振動起こす気かと思った」
さすがにそれはしない、と小さくアッシュは笑ったが抑えなければそうなるのだろうなとルークは思った。でも、アッシュはそんなことしないとわかっている。
「面白くねぇな。よほど未曾有(みぞう)の繁栄に魅力を感じているんだろうが。その先をキムラスカは知らないってことか?」
オールドラントの最後までを被験者(オリジナル)イオンは記していた。未曾有の繁栄はひと時でしかないのだ。
「俺は、今たしかにマルクト貴族だ。だが、キムラスカのことを忘れてはいない。みすみす滅ぶ道へ踏み込むのを……見たくはない」
ぎりり、と音が鳴らないのが不思議なほどアッシュの手は握られていた。
幼い頃、国の意向で過酷な実験にさらされ辛かった。逃げたくて、どうしても逃げだしたくて、ヴァンの甘言に乗った。
それでも母国である。切り捨てられるほどの精神の強さはない。
「……それは強さじゃないよ、アッシュ。アッシュは優しいんだ……」
驚いて前を見るとルークが泣きそうな顔をしていた。
今の思いは口に乗せていないのだ。
「……伝わっているのか?」
「そうみたい。今ちょっと頭いたい」
無意識にルークへとフォンスロットが開いたようだと思い当たり頭を一度振った。
「ん、聞こえなくなった」
ルークがこめかみを撫でていることからやはりかなりの痛みがあるのだと知れる。隣に移動してそっと頬に手を添え謝罪を口に乗せようとするがそれは遮られた。
「今は仕方ないよ。おれもアッシュもいっぱいいっぱいだ」
本当にそうだった。余裕があるとはとてもではないが言えた状態ではないのだ。アッシュは深く息を吸って吐く。
いくらそうであっても不用意にルークと繋がる訳にはいかない。これはジェイドにも重ね重ね言われていることでもあった。注意深くフォンスロットを閉じていく。
しばらくすると完全に閉じたのだろう。ルークの顔も和らいでいた。
「アッシュって器用だよな。おれからも何かできたらいいんだけど」
「それに関してはジェイドが追々教えると言ってなかったか?」
「あれ? おれは聞いてないけど。今度ジェイドに聞いてみる」
こうやって普通の会話を交わしていると、非日常のできごとがあった衝撃から引き戻されていくようだと二人は感じていた。そのことにほっと胸を撫でおろす。混沌とした感情のままでは自分の考えすら掴めないのだ。
「なぁ、アッシュ。預言って何だろうな。守るべきものでそれに従って生きて、最後はみんな、いなくなるって……。なんで、どうして今まで、ずっと預言を大切にすれば平穏が続くと信じられたんだろう」
「預言に従えば示された結果が得られる。初めにユリアが詠んだ時は信じる者の方が少なかったかもしれない」
「そっか……ユリアが詠む前は、預言なんてなかった……」
「預言通りに動けば物事はその通り進む。そんなことを繰り返せば、最初は疑問を持っていてもそのままでいることなんて難しいだろう。確かな道があるのに、わざわざ違う道を、なんて、想像すらしなくなる」
そもそも死に関わる預言は秘されている。個人にとって最悪というべき預言はそもそもないように教団によって操作されているも同然だ。
それすらも人々は疑問を覚えない。人の一生分の預言があることはこどもでも知っているのに最後の預言について考えることすらない。
「二千年かけて疑問をもつことすらなくなった。俺にしたって、ヴァンに吹き込まれなければ預言に疑いなんて持たなかっただろう……」
幼い頃告げられた国によって死を迎えるという言葉は、いつまでたっても頭から離れることはない。ヴァンの口車によって国を離れたことは事実だ。だがそこで初めて預言というものに疑念を抱いたのだ。
「俺は預言に逆らった。それを後悔することはない」
「アッシュが動かなかったらおれは生まれてない。ずっとキムラスカにいて、知らないまま鉱山の街に行っていたら、アッシュはここにいないんだ。そんなのは嫌だ!」
「わかっている。俺達は預言に抗う道を選んだ。イオン、シンク、フローリアン……ピオニー陛下も。ただ、伯父上はそうではないようだ。破滅に向かうのはキムラスカだけじゃねぇ。世界の問題になる」
最初は二人でいたいだけで預言に逆らった。
しかしいまや預言とは何かを考えることになっている。
「……こんな大きなことだとは思わなかったよなぁ。キムラスカ飛び出した時はさ」
ターニングポイントである〈ルーク〉を失った預言はどうなるのか。預言は外れたなどという楽観視はできない。現に戦争が起ころうとしている。
「小さなことがかわっても大局はかわらないのか……?」
これ以上考えたところで進展しそうにない。
それでも二人の意思は固まった。
預言に抗うのだ、と。