預言に抗う。
世界を巻き込んで。
そのために動くのであればもうこれ以上、キムラスカから逃げ隠れはしない。
そうアッシュとルークは決めていた。
それでも一歩を踏み出す勇気は相当に必要だった。
ゆっくりと顔を見合わせて共に歩き出す。
インゴベルトとクリムゾンは明らかに動揺している。王と国の重鎮である者が国を巡る重要な場面で傍目にもわかるほど感情をあらわにしてしまうなど本来有り得ない。それほど衝撃のあることなのだ。
その目が言っていた。
なぜ二人いるのかと。
どちらが本当のルークなのかと。
アッシュもルークも口は開かずじっと見返すに留めた。この場はフローリアンに任せてあるからだ。
これまでの事実を踏まえ、一部は説得力が増すよう脚色された四年という長いようで短い時間を簡潔に纏めるフローリアンの話にみんな耳を傾ける。
「キムラスカから逃れ預言とは何なのかを模索する彼らを僕は支持します。だからこそ存在を隠しました」
一呼吸置くようにフローリアンが一度言葉を切る。そのタイミングを待っていただろう者が発言の許可を求めた。
「話の途中であろうが、一点確認させて欲しい。いま現れた赤髪の者たちのうち……どちらが我が息子のルークであるのかを」
徐々にクリムゾンの目は険しくなっていたためこの問いは覚悟していた。
一泊置いてアッシュが言う。
「私は生まれてから十歳まで、貴方の息子でした」
続いてルークが口を開く。
「十歳から十三歳までは、私が父上とお呼びしていました」
何を言っているのかと動揺と怒りがないまぜになった表情が浮かぶ。さらなる疑問はフローリアンから発せられた被験者とレプリカという事実によって打ち消された。
クリムゾンは酷く混乱していたものの、二人ともに自身の屋敷にいた者だと飲み込む。被験者とレプリカその両方が目の前にいるのだとどうにか認識した。
「一人であろうが、二人であろうが、ファブレに生まれたものがキムラスカに不利益をもたらすなど……!」
悲しいのか、怒りなのか。クリムゾンにさえ掴み切れない混じり合った感情が湧いてきて自然と足がそちらへと向かう。この場において突然切りかかることなどあり得ないが苛烈な表情を浮かべていた。
周囲は警戒したが相手はキムラスカ随一の貴族だ。むやみやたらに行く手を阻むことは躊躇われ皆二の足を踏んでしまう。
しかし、その重圧をはねのけアッシュとルークの前に立った者がいる。
クリムゾンはうっとうしさを覚えたが、その勇気ある者を一応確認しておこうと思い見遣った。そして眉根を寄せる。
見覚えがある顔だった。
しかしこの場になどいるはずがない。有り得ないはずであるのに、目の前にいる。
視界と思考が噛み合わない。
「それ以上はお控えくださいますよう。どうぞお戻りください。ファブレ公爵」
「……なぜ、お前が」
その顔、その声。ルークが二度目に居なくなった同時期に屋敷を去った者。
「貴方が私にお命じになったはずだ。ルーク様を守れと」
それだけを言って引き下がることなくじっと見返してくる青い目は、絶対に通さないという意思を感じさせた。
「下がれ。ガルディオス伯爵」
その声にすっと頭を下げて、ガイは元通り壁際へ戻った。
目を見開いていたクリムゾンであったが、インゴベルトから戻れと短く命じられたことで我を取り戻した。
「驚かれることは無理もない。ガイラルディア・ガランはファブレ公爵の元でしばらく世話になっていた時期があると聞いている。さて、そのあたりも踏まえて説明をお願いする。導師イオン」
このあたりは巧妙に事実とそうでないことを織り交ぜた話を展開すると、打ち合わせてある。事実通りルークと言う存在をマルクトが保護したなどと言えば、どう言い包めたところで国家レベルの陰謀を疑われかねない。
「僕は被験者ルークとレプリカルークの両者を保護しました。ただ、このことは導師たる僕の独断だと判断していただいて構いません。僕の他には導師守護役のみが知り得ること。大詠師にもこのことは知らせていません」
キムラスカに連絡すべきではなかったのかという厳しい声にも動じはしない。
「お一人だけを保護したのであればお戻ししたでしょう。しかしレプリカとして生を受けたものがいるとなれば話は別です。レプリカとして生まれた者は預言がないのですから。さらに調べる内に恐るべき事実がわかりました」
ルークからレプリカ情報を抜き、レプリカルークを生み出した首謀者はヴァン・グランツであると突き止めたこと。さらにレプリカ技術の提供はディストがかかわり、キムラスカの研究者と共に行われたことであったことを明かす。
これだけであればマルクトには何も関係のない話と言えるかもしれないが、元はと言えばレプリカを人へ転用する技術の基礎を構築したのはマルクトであり、複雑に物事はからまり、もうどこに責任があると簡単に言えるような状態ではないのだとゆっくり紡いでいく。
「預言のない世界。今まで誰も考えてこなかったでしょう。そのことに一石と投じた二人のルーク殿を非難することはみすみす滅びの道を歩くということ。預言に従えば我々の未来はないのです。それを受け入れられますか?」
しん、と針が落ちた音さえ響きそうな静寂が場を支配した。
「導師イオン。なぜヴァンは我が甥ルークからレプリカを作ろうと画策したのだ? そのあたりは調べが済んでいるのか?」
「ルーク殿の力については貴国が一番ご存じのはず。その力を利用し……外殻大地をこの魔界に落とす狙いがあったかと。それは間違いないようです。そうして今この時を生きる人をすべてレプリカに置き換える……そう彼は画策している。それ以上はまだ不明なことも多い」
会議は長時間に及んだ。これから詰めるべきことは多々あるものの、戦争を起こさないという調停を結び、預言の是非を問うていくことになった。
これは大きな前進だ。
ユリアシティという魔界に浮かぶ実際の街をその目で見たことも大きいだろう。手をこまねいていれば世界はこの地に落ちる可能性が高いと実感したのだから。
人々が退出する中動かなかった者が二人いた。
「なぜガルディオスたるお前がルークとともにいるのだ」
遠くもなく、近くもない。そんな距離を保ちつつ問いかけが投げられる。
「ここで偽ったことをお伝えしても何もならない。初めは復讐するつもりでファブレ邸に入りました。貴方が私の家族にしたように、貴方の家族を私の手で、と思ってね」
そうか、と呟いたクリムゾンの表情は消えていた。戦場に身を置く以上誰かの恨みを買うことはわかりきっているからだ。
「ルークの誘拐にかかわっていたのか。それを復讐の代わりにするつもりで?」
まさか、苦笑しつつ両手を上げた。
「最初の失踪も二度目の失踪も与り知らぬことです。二度目の時、旦那様は私に捜索をお命じになりましたね。捜索している中で、突然マルクトに拘束されました。驚きましたよ。てっきりキムラスカに潜り込んだ罪で処刑されるのだと思ったらルーク様と引き合わされたのですから」
「やはりマルクトが噛んでいたということではないか!」
はっきりと驚いた表情を浮かべた相手の目をじっと見つめる。そっと首を振った。このことについてはしっかりと否定しておかねばならない。
「噛んでいたというより、巻き込まれたが正しいですね。マルクトはルーク様の存在を知って隠しました。それが二人の希望だったからだそうですよ。よく考えてみてください。マルクトにとってルーク様の存在は戦争の理由になりかねない爆弾のようなものです。何の利益もない。それでも、ピオニー九世陛下は隠された。陛下もまた預言には懐疑的な考えをお持ちです」
「……皇帝の考えはそうだとしても、ガイ、お前は何なのだ。なぜそこまでしてルークの側に居続ける?」
「ルークが俺を変えてくれたから。復讐に取りつかれた俺を」
本音の言葉であえて飾らず言い切った。
「……それが理由ではおかしいですか、旦那様。まだファブレ邸にいる頃から私は賭けをしていました。ルークが私に忠誠心を抱かせてくれるかどうかを」
ふとクリムゾンが何かに気付いたような表情を見せる。
「一度目の誘拐のあと、たしかルークがそんなことを……。剣を捧げてもらう人になれるかどうか、だったか」
ガイは明るい笑顔で頷いた。かすかでも目の前の人物はルークに関することを覚えている。その当たり前のことがほんの少しあるだけであの二人にとっては救いだろう。
「そうです。それが全てだ。私がマルクト貴族としてガルディオス伯爵を継いでもそれは変わりません。私はルークを守る。剣にかけて。……例えその相手が旦那様、あなたであったとしても」
そう言って一礼し、ガイは背を向けたのだった。