「なぁなぁアッシュ。これもう食べられるかなぁ?」
ルークは日の当たる窓際で育てているハーブを間近で見つめながら言った。
ローズが「殺風景すぎる」と言って置いていったものだが、小さかった葉は小ぶりながらも成長した。
「食べられるんじゃないか? でもハーブだけじゃあんまり旨くないぞ」
「うーん。でも食べてみたい。味見したい〜。1枚だけダメ?」
止める理由はないので、アッシュは笑いながら頷いた。
ルークはぱっと表情を明るくして丁寧に一枚だけ摘み、水を求めて裏手の井戸へぱたぱた駆けて行った。
ふと、アッシュは何かを感じて動きを止める。
何、だろう。
しばらくじっとしていると足音が聞こえてきた。
しかも複数――。
アッシュは小さく舌打ちしてルークを追いかけ、しばらく奥の部屋にいるよう言い含めて戻る。
さぁ、何が来る?
できるだけ平静を装いながらアッシュは扉が叩かれるのを待った。
単なる村人達か、それとも。
問答無用で踏み込んでくるなら返り討ちにしてやる、と物騒なことまで考えた。
扉をコツコツ叩く音がしたので、本来なら間違ってもやりたくないが、この村の習慣に則りまず扉を開けたと同時に絶句した。
青い軍服――マルクト軍だ。
唯一意匠の異なる軍服をまとっている男がリーダーのようだ。
「突然失礼します。私はジェイド・カーティスと申します。……いくつか聞きたいことがあるのですが」
アッシュの名を聞いてくることはない。
既に登記は調べられているのだろう。
……あの登記にはキムラスカが母国だとも書いてある。
「どのような理由で、このエンゲーブへ来ましたか?」
「……親から、逃げてきた」
「穏やかではありませんね」
「……」
「身元が不確かな子供の数と詳細を調べています。我らと共に来なさい」
ここはどう踏ん張った所で無駄だ。
一度着いて行かざるを得ないな、と冷静に判断する。
……ルークをどうする。
置いていくべきか連れていくべきか。
男は、アッシュ以外がここにいるとは考えていないようだ。
名前以外そっくり同じ内容の登記にした。
……撹乱用だと受けとられたのだろうか。
どうしても必要な薬等があれば持って行って良いとのことなので、常備薬などないが頷いて扉に背を向けた。
もちろん見られたままだ。
アッシュがそれとなく棚を見る振りをして、目だけで奥を見ると扉から見えない影で不安を顔じゅうに張り付けたルークが見えたので、無音で出てくるな、と伝える。
とりあえず風邪薬だけ引っ掴んで、長身の男に向き直ると少し怪訝そうな様子だった。
「それだけでいいんですか?」
「すぐに戻ってこられるだろ?」
男は内心の読めない、いっそにこやかな表情で、そうですね、と答えた。
ここはやましいことなどないのだと、すぐ戻れると本気で思っていることを伝えておきたかった。
大人しく共に行こうと踏み出した時。
「ま、まって……!」
ルークが飛び出してきたので、アッシュはもちろん軍人たちも驚き振り返った。
「ばか! なんででてきた!」
「だって、だって……! お前が連れて行かれると思って!!」
ぶつかるようにルークがしがみ付いてきたのをアッシュは受け止め、その隙に軍人たちは二人を取り囲むようにしてしまった。
「子供が二人? 一人ではなかったのですか」
その言葉に紙の束を持った軍人が大慌てで紙をめくる。
「はっ、少々お待ちを……。ありました。名前こそ違うもののまったく同じ登記です」
「見逃していたのか?」
「いえ、我々はダミーだろうとの見立てをしておりました」
「それは私に判断を仰がねばならない所だ」
「申し訳ございません」
「あなたも来てもらいましょう」
赤い目は有無を言わさぬ圧力を持って二人を捉え、怯えたルークはよりアッシュの腕にしがみ付いた。
「アル、ごめん……」
タルタロスという移動戦艦に乗せられ、小さな部屋に閉じ込められた二人は身を寄せ合って地面に座っていた。
ゴウンゴウンという振動が体を揺さぶる。
「なにがだ」
ルークはアッシュが怒っているのだろうと思った。
事実、アッシュは始終不機嫌そうだし、その原因は自分が飛び出て一緒に捕まったからだろうとルークは考えたのだ。
そういうと、アッシュは息を吐いて頭を軽く壁に付けた。
「ルルに怒ってる訳じゃない」
「……」
「少し眠れ。これからどれだけ移動するか分からないんだから」